
お仕事のお知らせです。
『おしゃべりな銀座』文春文庫 老舗タウン誌 銀座百点に書いたエッセイを載せていただきました。
銀座というと1996年に池田弥三郎『銀座十二章』の装丁を担当させていただいて、
奥深い銀座の歴史風俗にひれ伏したのであります。それに比べたら
私の銀座体験なんぞなんとも薄っぺらいと思うのですが、気がついたら
バブル期の銀座とて、もう遠い過去の歴史として語られてもおかしくはないのかもしれません。
ついでに銀座といえば、今の天皇のご成婚の時に天皇家及び宮内省御用達のお店紹介の取材をしたことがあります。
御用達制度は当時でもうすでに廃止されていましたけれど。私はブツ担当でした。
あちこち取材して、銀座や日本橋にお店があるところも多かったように記憶しております。
と、ここまで書いていて当時取材した村田眼鏡舗が店じまいしていることを知りました。
寂しいです。昭和天皇の眼鏡と同型の眼鏡を見せていただいたのを記憶しております。
実はその仕事をして一年後くらいに村田眼鏡舗の御曹司と飲み会でご一緒したことがあります。
当時眼鏡の専門学校には韓国からの留学生が非常に多く来ていて、私は韓国人女子留学生と家をシェアしており、
失恋した私を彼女が慰めようとして合コンをセッティングしてくれたというわけです。
彼は今どうされているのでしょう。
東京から離れて暮らすようになって、街が変わるスピードにもついていけなくなってきているのですが、
銀座はまだなんとか歩けますし、落ち着く街であります。
それから潮五月号では
最相葉月「母の最終講義』ミシマ社
の
書評を書きました。素敵な、けれどもズシンと響くエッセイでした。
それとこちらのウェブマガジン閏に飼い猪ゴン子にまつわるエッセイを書きました。
よろしくお願いいたします。