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あした、トークに呼ばれてます。

明日、新宿ケイズシネマ
「ヘヴンズストーリー」
上映後にすこしトークしさせていただきます。監督瀬々敬久さんに呼ばれて。
……なにをはなせばいいんでしょうねえ…………。とほほ。


えー1月、
新刊のプレッシャーなど
(気が小さいので取材を受けると緊張してしまうのです)
いろいろ重なりまして、
大腰痛になりました。高野さんの呪いでしょうか。
腰痛の話をすると腰が痛くなる不思議。

自力でどうにもならないところまで行き、歩いていてもうあかんというところまで
冷え込んで、身体が縮んでいき、そのまま鍼灸院を探してなだれ込みました。
おかげで底は打ったものの、なかなか回復せず、
ヨガに行けなかったらあっけなく風邪を引いて寝込みました

というわけで元気神話、三年弱で崩壊しました。

過信は禁物です。
つーかあんまり元気で落ち着かない気持ちではあったので、
ちょっとほっとしてたりします。



夜昼逆転をやめて、ヨガやりまくって
身体あげているところであります。

千葉にいる間はヨガに行けなかったわけですが、DVDで週に二回はがっつりやってたんだよなあ。豚おいて倒れるわけにはいかないというプレッシャーがあったから。んーーーー。毎日やるといいんだろうけど、そういうのができる根性は持ち合わせてません。


大竹さんとのトークのあと、
東京堂書店で売り上げ一位になりました。
本当にありがとうございました。
買って下った皆様、感謝しております。
by riprigandpanic | 2011-01-29 23:26 | どうでもいい日常

昨日は

昨日の
東京堂書店のトークショー
無事に終わりました。来ていただいたみなさま、本当にありがとうございました。

そして大竹聡さん、お相手していただきまして
ありがとうございました。
絶妙な間合いと返しの人なのではと思ってたんだけどやっぱりそうでした。
タモリ倶楽部はどうして大竹さんのトークを切っちゃうのー。
あたしはずっとなんで大竹さんはテレビに出ると喋らないのかなあとおもってたんですが、
カットされてると聞いてびっくりでした。
しかしやっぱりお酒を飲み続けられるひとって丈夫だし能力が高い人だと思いました。
あたしなんて飲めるようになったっつっても連日飲むとすぐへたりますから。

それと本の中に登場する操体をしてくださった平野公子さんにもすこしだけ喋っていただきました。
平野さん、やっぱりあたしが操体を疑ってるのを知ってて、それも含めて面白いとおもって施術してくださったことが発覚。ば、ばれてたんだ……ですよね。。。
東洋系のという言い方も大雑把ですが、こういう施術は相手との関係性と、その施術を信じるかどうかの両方が、効果に大きく左右する。技術だけの問題ではないというか。
だからこそ胡散臭いと思う人もいるし。いや、ありがとうございました。

さて、
本日発売の
AERA
週刊朝日

今週発売の
週刊文春



『身体のいいなり』著者インタビューが載ります。
んがー。たくさんインタビューしていただきまして、ありがとうございます。


それぞれインタビュイーの切り口が違いますので良かったら比べてみてください。
いろいろな読み方をしていただけるのは嬉しいものです。
この本は今まで(ちょっとだけですけど)書いたどの本よりも、感想がバラバラです。
読む人によって反応する場所が全然違うようです。
すごく面白い体験です。

あ、それと小説すばる二月号にも
東えりかさんが、書評書いてくださいました。

東さん、本当にありがとうございました。
by riprigandpanic | 2011-01-24 23:24 | お知らせ

明日というか今日、トークです

本日
東京堂書店でトークショーです。
大竹聡さんと「酒が飲める身体がいちばん」

確認するのわすれましたが、あそこの会議室はヒトがたくさん入るので、きっとまだまだ残席があるんじゃないかと思いますので気が向いたらどうぞいらしてくださいませ。あ、確認の電話を入れることをお勧めいたします。

さて
前回の続きを。

津野海太郎さんの「電子本を馬鹿にするなかれ」

電子本をバカにするなかれ 書物史の第三の革命

津野 海太郎 / 国書刊行会




『本とコンピュータ』に寄稿されたりほぼ同時期に書かれた原稿群がまんなかにあり、その前に書き下ろし、その後ろに津野さんがパソコンを手にする以前に書かれた活字崩壊夢想?の文章。『歩く書物』から再録。この構成がすばらしかった。

季刊「本とコンピュータ」に関しては、あたしは編集者でもなくデザイナーでもなく、出版を論じるメインの著者でもなく、ただイラストとすこしの文章(それもほとんどは既成の本にまつわるもの)をのせさせてもらった立場の者なんで、これ以上書くことはないでしょう。というわけで書きます。

精密なイラストをメインの仕事にしていた時期のあたしには一つの悪癖がありまして、イラストを書き上げるまでに時間がかかるあまりに、精神力が持たず、編集室の会議室に行って描かせてもらうということをやってました。本当にやっかいな奴だったと思います。その悪癖をはじめに許してくださったのは社会新報編集部さまですはい。ひとりで閉じこもってると集中できなくなるんですね。ヒトがわさわさしていたほうが集中できる。社会新報の部屋はたしか休憩室みたいなところでタバコはもちろんお茶菓子もがさがさあって、いつも記者の人たちが三人以上いらした。そこで雑談をききながら手を動かしてました。ちゃぶ台で勉強する子どものようだった。すみません。

そういうわけでそのあとお世話になる本とコンピュータ編集室にもライトボックスまで抱えて行きました。描くイラストのあたりをつけて、手書き文字を決めたあたりでとぼとぼと左内坂をのぼってました。ほんとにすみません。で、会議室で描かせてもらってました。たまに室さんや津野さんが作業に使ってらして、同席したりしました。だからどーということはないんですが。そういうのに寛容だったのは、津野さんご自身がヒトがわさわさしたところの方が集中して仕事ができるタイプだからかもしれません。


多少本を読むあたしらの世代には、晶文社というのはそらもうあこがれの版元であり、そこの編集長をしていた津野さん、かっこいいエッセイを書く津野さん、というのは、そりゃあ言うまでもなくあこがれの人です。そんな津野さんに、編集部の人たちが書いた原稿の一字一句ずつを見てもらって、語句の切り方文の運び方などの指南を受けているのを横目にみて、正直言って、ものすごくうらやましかった。本当にうらやましかった。津野さんは教えるのがうまいなーと思って耳をダンボにして聴いた。配偶者には言った。「働きながらあんなすごい文章指南を受けられるなんて、とんでもない贅沢だよ」と。

んーとあたしも大学生のときにすこしだけ当時マガジンハウスにいらした先輩、石関さんに文章をみていただいたことはあります。ですので文章の師といえば石関さんになりますね。ありがとうございます。それ以降はまあ無手勝流です。フリーな野良犬ですから。

あたしが本の仕事がしたいと思ってイラストから始まって関わるようになった九十年代前半は、これから活字文化がダメになるとはいわれながら、ものすごく雑誌が売れていて、漫画も売れていて、言葉は悪いのですが、あえて直裁に書けば、大手総合出版社には、雑誌や漫画からの収益を固い本、文学だの人文書に回すというような、気風とゆとりがあった。企業のPR雑誌も華やかだった。

なんていったらいいのか、「こういうところで書く『ライター』になりたい」と思える余地があった。ありましたね。ありましたよ。あのーあたしは自分が単行本を書く人になるとは当時まるっきり思っていませんでした。なりたいと志向したことすらなかった。今でもなれてるという気はしませんけど。

正直に書くと、経費が潤沢に出るインテリ向きのハイブロウな雑誌でイラストなり短い文章なりルポなりを書かせてもらえるようになったらいいなと思ってました。はははははは。勘違いもしてましたけど、でも、まあそれで十分楽しそうに生活している人たちがたくさんいたような気がします。あながちそう間違ってなかったようにも思う。

あたしの雑誌適応能力や企画能力が著しく低かったということもありますが、それとともに、やっぱりがっくんがっくんと本が売れなくなり、雑誌も売れなくなり、漫画すらもそんなには売れなくなり、企業のPR雑誌にも予算が回らなくなり、もはやライターやイラストレーターという仕事が以前と同じようには職業として成り立たなくなってきているような気がひしひしとするわけです。

津野さんは本の中でなんどもなんどもこんなにいきなり本が売れなくなるとは思わなかった、そして出版業が縮小を余儀なくされるのは確かと書いている。むしろ、前世期末の華やかすぎる出版状況が、歴史的に見ても異常だったのだと。

それはそうなんだろうなと思う。

ただ、一番華やかだったときに読み手になって、業界の下っ端に入ったあたしには、目指してたものが砂になって崩れ去ったような気はします。下っ端でダラダラしすぎたんだけどさ。いつまでもあると思うな砂の城。

我が身に引きつけて考えるのはあまりにも卑近でございますが、引きつけずにはいられません。どうかんがえてもこの世に書き手は多すぎる。それは、この十五年くらいの、出版点数の増加によって引き起こされたと言えるんでしょう。今後版元が業務を縮小すれば、専業の書き手も減らざるを得ないでしょう。イラスト、デザインしかり。出版点数も減るしかない。実質的に編集の手がまわらないからね。今だって一人の編集者が何人の書き手を担当しているか。はーもーこりゃお鉢は回ってこないなと感じることは多々あります。

電子本に関しては、それこそ出すのは簡単になるんでしょうけれど、書き手が専業として成り立つには相当数の読者を持っていないと無理なんじゃないかとも思わされる。日本語はつらいなあ。資料みたいな味気ないものや、それこそ本当に本にならない掌編を読みたいという立場としては、大歓迎なんですが。難しいところです。うれしいけど、自分の生計にはなあと。

と、暗いことばかり考えてしまいましたが、まあそんなこと考えても仕方ないので、がんばるだけがんばって、チャンス半減したとしても、紙にのせてもいいなと思われる文章を、イラストを、かけるようになること。で、どうにもならなくなったら別の何かでお金を得る手段を考えるしかないってこと。それだけのこと。

出版栄華の残り香だけでも嗅げて(文字通りの残り香だがな)、そういう時代に良い本をたくさん作ってきた人たちと出会えて、少しでも仕事ができたことは、やっぱり嬉しいです。大事にしたいし、すごい読み手でもある彼らに読んでもらえたらうれしいし、褒められるような本を書きたいと、切に思うのであります。

最後の章を読んで、本が全て捨てられることになった未来、自分がブックマンになるとして、どの本をすみずみ暗記して暗唱したいだろうかと思う。いろいろ名著も浮かびますが、なんだか結構本気で自分の本を口ずさみたい気持ちがある。あることに気がついて愕然とした。ひいいいい。自分が死ぬときは自分の戯れ言なんて消え失せてくれて構わないんだけどねえ……、なんなのこの気持ち。
だーから出版文化が崩壊するんじゃと先輩方からいわれそうです。
すみませんすみませんすみません。
by riprigandpanic | 2011-01-23 02:04 | ほんっ

無謀な人

 えー先週日曜日、読売新聞書評欄にて、一月五日に刊行となった『センセイの書斎』河出文庫 が紹介されました。ダ・ヴィンチ二月号では河出文庫三十周年企画第八回、一月の新刊でコメントを寄せさせていただきました。イラストも載ってます。ありがとうございました。

おかげさまで早々に増刷決まりました!!
買って下さったみなさま、本当にありがとうございます。とても嬉しいですし、ありがたいです。助かります。今年は連載原稿が激減して、書き下ろしをがっつりやらねばいかんのでなおさらでございます。

 さてそして昨日朝日新聞書評欄「著者に会いたい」にて、『身体のいいなり』を紹介していただきました。ご指摘いただいたように振り返ればあたしの人生、「無謀」その一言に尽きるのかもしれません。佐久間さん、本当にありがとうございました。これからも無謀なことしかできないような気がしてまいりました。ちなみにヒマラヤは天辺にはいってませんが、九日間くらいトレッキングして高山病になりました。毎日午前中に千メートル登って、午後に千メートル下る、みたいな取材旅行でした。準備トレーニング一切なし。荷物はシェルパ様を雇って持ってもらいましたが、それでもあたしの虚弱具合を考えると相当無謀だったかと。登山歴、屋久島とヒマラヤしかないし(笑)。でも面白い体験だったな。空気が薄くて光の量が桁違いに違う場所ってのは、行かないと味わうことができません。

 書評紙面の見開き右側に、津野海太郎さんの『電子本をバカにするなかれ』と、萩野正昭さんの『電子書籍奮戦記』が紹介されています。

電子本をバカにするなかれ 書物史の第三の革命

津野 海太郎 / 国書刊行会



電子書籍奮戦記

萩野 正昭 / 新潮社





感無量です。お二人との出会いは、『季刊 本とコンピュータ』という雑誌でした。編集委員でしたか。あたしは創刊号から同じく編集委員だった松田哲夫さんの連載『印刷に恋して』『本に恋して』で取材同行し、活版印刷所や写真植字、グラビア印刷、製本工場などの工場の現場でスケッチしたり写真を撮ったりしながら図解イラストを描きました。この雑誌はスキラ版の二色刷りでして、好きなことやってみてもいいよというか、やれるもんならやってみたらという気風の雑誌でした。アートディレクターは平野甲賀さん。いや、たしかホントに平野さんからやりたいだけ思い切りやれと言われたような気がします。それじゃあやってみようと、トレーシングペーパーにイラストを手書きして、そこに八枚くらいトレペを重ねて網版だの色版だの掛け合わせだのの指定やイラストを描き込んでいったのでした。『センセイの書斎』の何人かのセンセイも、この雑誌で書かせていただきました。お世話になりました。配偶者と出会ったのもこの雑誌でしたし。

 ま、それはそれとして、当時のあたしは手製本を習っていたし、活版印刷で刷られた本なら揺籃期、いやそれより前の手写本などにも興味をもっていて、それが仕事につながるとかつながらないとかそんなことも考えずに羊皮紙の作り方を知りたいとか、まあそんなことばかり考えていたわけです。方向性は過去。パソコンは一応ツールとして使っていたけれど、そこに興奮を覚えることもなく。
 だから、電子本に関しても、懐疑的というよりなによりよくわからなかったんですわ。DTP本が出た九十年代初頭からずっと、インターネットとコンピュータの世界は、なにかを先取りして金儲けしたいか、新しいモノがカッコイイと思い込んでるか、その両方かの、胡散臭いひとしかいないんだろうという偏見をもってました。実際マルチメディアとか言ってる中にカッコイイとか素敵とか少しでも思える人も作品にも出会えなかった。あたしが偏屈で、良く探さなかっただけかもしれないけれど。
 萩野さんも、お会いする前は「そういう人」なのかと思っていた。とんでもない間違いだった。活版印刷の取材現場に、当時まだいまほど高画質ではなく安価でなかったデジタルビデオを持って現れた萩野さんを見て、「この人は古い本に対してものすごい敬意をもってる」と直感したんでした。
津野さんや松田さんたちのような、いわゆる活版全盛時代の、あたしたちの世代からすれば幸福な時代に思い切り志の高い本を鼻血が出るほど作ってきた人たちが活版を愛情深く振り返る視点とはまったく違う! 違うんだけど、活版印刷、いいや、紙の本のすべてに対するすさまじい愛とリスペクトと、「本とは何かを知りたい」というギラギラした熱情を感じたのでした。
年齢的には活版印刷全盛期をもちろんご存知なのだが、萩野さんは当時映画の仕事をしていたから、「あの頃」の本作りの現場に寄り添ってはいない。そういう意味では、あたしと立場はちょっと似ていた。そんなことも手伝って、あたしはとても萩野さんが好きになった。
それともうひとつ、失礼と誤解を恐れずに言えば、萩野さんはどん底の屈辱を何度も味わってきている不遇な人だとも直感したのだ。この業界、不遇にして貧困に直面してる人は山のようにいます。でもなんていうかな、萩野さんの抱えてるそれは、ちょっとただごとではないんじゃないかと思えました。もう何度この人はやさぐれたんだろうと。線路に突っ込みかねない日々がすくなからずあっただろうなと。
でも、萩野さんにはそれを上回る闘志があった。夢なんて生易しいもんじゃない。だいたいね、夢に職業をあげるこの世の風潮があたしは大嫌いです。それは夢ではなく目標とか人生設計っていうんじゃないのか。夢を持つってのは、本来すさまじくおそろしく危険で、だれにも形すら見えないなにかに立ち向かうことですよ。言語化なんてできないものです。そんなものを持ち続けられる人は、そうそういません。ていうかそんなものを誰もがもつ世の中なんて成り立たないんだから、無責任に勧めるなよ。
はじめて会ってからすこしずつ、萩野さんがなにをやろうとしているのか、わからないなりに話を聞いたり原稿を読んだり、ときにはお仕事をいただいたりするにつれて、なんとなく見えてくるにあたり、
文字通り、仰天したし、気が遠くなった。
このお方こそ、無謀です。あたしなんかとはけた違いに無謀です。

彼がなにを夢想したかの詳細は、ぜひ本書を読んでください。当時のあたしはコンピュータのことやネットワークの先端技術もよくしらないから余計に、無理だと思いました。想像ができなかった。2000年前半に出た電子本だって、いくら読みやすくなったとはいえ、本を読むそれだけのために高価な端末をもう一つ買うなんて考えられなかった。かといってパソコンにテキストをダウンロードすれば、机に向かって本を読むしかない。それもすさまじく敷居が高かった。
それでも萩野さんとボイジャーが大勝利をおさめてほしいという気持ちは、ずっと変わらなかった。それは、たぶん、萩野さんがだれよりも紙の本、古い本を愛していながら、電子本を、これまで本という形にして発信したくてもできなかった小さな書き手、読み手に向けて解放しようとしていたから。出版の持ついわば特権的なものを壊そうとしていたから。私自身その特権的なものの底辺の片隅に齧りついて糊口をしのぐ鼠であるにもかかわらず。

気がついたら、『本とコンピュータ』が終刊してから、随分時間が経ってました。

今じゃ一億総スマートフォン時代ですよ。いやまだ買ってないけど。たぶん二年以内には機械音痴のあたしだっていくらなんでもスマートフォンに移行するでしょう。あれだけ嫌だったはずなのに、入院生活があったことも手伝い、携帯電話でミクシィや人のブログを読むのが苦にならなくなってしまった。寝ながら読むには分厚い上製本より携帯電話が便利ですよ。ああ。自分の変化になにより驚きます。ほんとうに。近いうちにT-timeを使って(その存在を知ってから十年も経ってる……すいません……)スマートフォンで電子書籍を読むでしょう。それはもうほんとにあと一歩でそうなるんだなと、この一年くらいでじわじわと実感しはじめました。来る来るって言われて、ずっとずっと無理だろって思ってたのに、その日は、ホントにどうやら、来るみたいです。あたしにすら実感できるくらい近づいてる。

萩野さん。凄すぎます。

萩野さんの闘いはまだまだつづく。

私なりに本とは、読むとはなにかを、さらに真剣に考えつめて生きて行こうと思いました。それが萩野さんへのエールになると信じて。
by riprigandpanic | 2011-01-17 14:40 | お知らせ

大竹聡さんとトーーーク

えー

「酒とつまみ」編集長にして
飲んだくれエッセイスト
大竹聡さんとのトーク日程が決まりました。

↓みなさまのお越しをばおまちしております!!!

『身体のいいなり』(朝日新聞出版)刊行記念
『酒が飲める身体がいちばん!』
内澤旬子さん×大竹聡さんトーク&サイン会


開催日時2011年1月23日(日)
15:00~17:00
(開場14:45)
開催場所神田本店6階
参加方法参加費500円(要予約)
電話または、メール(tokyodosyoten@nifty.com)にて、
件名「内澤さん大竹さんイベント希望」・お名前・電話番号・参加人数、をお知らせ下さい。
イベント当日と前日は、お電話にてお問合せください。
電話 03-3291-5181

酒飲み四年生のあーしであります(ああもう四年経ったか)。

ラムしか飲めなかった日々もありました。しかし
飲める酒の種類は日々着々と増え続けております。

酔っぱらい武勇伝披露にならないよう、身を慎んで臨みたいと存じ上げますっ。
大竹さん、終わったらがばっと飲みましょう!! 翌日たぶん締め切りだけど……。
by riprigandpanic | 2011-01-08 21:24 | お知らせ

うらたじゅんさんと再会

明日というか、今日から、
青山のビリケンギャラリーで
山田勇男さんとうらたじゅんさんの二人展が開催されます。

近所に用事があったので、ひとあしさきにのぞいたら
展示準備中のうらたさんに逢えた!!!

うらたさんとお会いしたりおしゃべりしたころは、むちゃくちゃ具合も悪くて貧乏な時だったんで、
またまたおそろしく大げさに「内澤さん??どーしたのーーー。変わったああああ。化粧してるうううう。お洒落してるうううう」と驚かれてしまいました。……面の皮一枚だけですって、変わったのは。つーか化粧してるだけだってば。おっとシリコンも入ってるか。そんなにしょぼくれていたのかってしょぼくれてたんでしょう。まあ事実なんでしかたないっす。

うらたさんははじめてお会いしたときにはすでに胃癌に罹って五年目で、そのあとすぐに食道癌になっていて、偶然にもあたしが朝日新聞朝刊で島田雅彦氏の「徒然王子」の挿絵を描いていた同時期に、読売新聞夕刊で唐十郎氏の「朝顔男」の挿絵を描いていた。へろへろだったから、あんまりちゃんと見れなかったんですけど、ずっと身体大丈夫かなあとか気になっていたし、エールをひそかに送っていました。

展示準備が終わってから、夕食にお誘いしました。

新聞連載の後も忙しいまんまで、ブログもチェックできなかったので、今日会って昨年一月に乳癌になっていたことを聞いた。やっぱ再発原発しやすいんだなあ。うらたさんから、なめてかかってるといけないよ、ちゃんと身体休めてねと注意されました。……そうなんですけど、次の癌にそなえて治療療養費なんとかせなヤバいんですってば!! 保険入ってないし。そうなんだよねー。ほんと、お金の心配しないで身体の心配だけできたらどんなにいいかだよねーとひとしきりお金談義。ビンボーひまなしですわい。

あたしが癌になったとき、うらたさんは現金書留で一万円を送ってきてくれた。うらたさんだって生活は楽ではないというのに。
あたしはそのとき本当にどん底に腐りきっていて、お礼の手紙すら出せなかったのだけど、実は本当に仕事もなかったので、助かったし、ありがたかった。あのときは本当にありがとうと、やっと言えたら泣きそうになってしまった。そしたらうらたさんは前に会ったときにも言われたと笑う。どうもあたしのなかではお見舞金をいただいたそのときすぐにお礼を言えなかったことがずっとずっとひっかかっていて、何度お礼を言っても忘れてしまうようなのだった。
たぶん次に会う時も、まあた
あのときはありがとうとめそめそしながら言ってしまいそうで怖いというかかなり恥ずかしい。あまりにも恥ずかしいのでいっそここに書いておけば忘れないと思いまして恥を書きなぐりました。


うらたさんはまた絵がうまくなっていた。すこしずつ、すこしずつ、うまくなる。
すごい人だなあと思う。懐かしい風景と、懐かしくかわいいこどもたち。少年探偵団がテーマなので、こどもと怪人二十面相が描かれていた。しかし私が一番すきなのは、うらたさんが描くエロい絵なのであった。不思議な絵です。そわそわするんですよ背中のあたりが。ああいうそわそわは、うらたさんの絵にしかないんだよなあ。自分じゃもちろん出せないです。今回はエロなしですかと聞いたら、展覧会期間中にひょっとしたら一枚つけたすかもだそうです。すいません。。。。

そして山田勇男さんの人魚の絵は、
こりゃーもう、文句無しの、完成度の高い、耽美なエロじゃなくてエロティシズムあふれる作品。エッチングのようなペン画の細かさにノックアウトでした。


会期は三週間ありますし、なんだかイベントもたくさんあるようですのでぜひお近くにお越しの際にはどうぞ。
by riprigandpanic | 2011-01-07 00:59 | ほれぼれ,岡惚れ

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。


身体には着実に筋肉がついているあたしでありますが、
脳はあいかわらずの虚弱なままで、
昨年にひきつづきいかに脳に筋肉をつけるかを、
今年の目標にしたいと存じ上げます。はい。


新刊の宣伝ばかりで恐縮です。
しかしまあとくに仕事以外になにしてるのかっていうと
ヨガやってるかラーメン食べてるか、たまーに美味いラムにありついて幸せとか
スナックで歌ってるとか、
もうだれかに読んでいただくようなことはとくにないんです。
千葉暮らしが懐かしいです。
エエ市はもういるだけで脳みそ揺さぶられるくらい楽しかったなあ。


さてそういうわけで、お知らせです。

『身体のいいなり』発売日に都内書店を回り、サインなどもしてまいりました。
ぜひお立ち寄りくださいませ。

ジュンク堂池袋店
リブロ池袋店
ブックファーストアトレ吉祥寺店
ブックス・ルーエ
紀伊国屋書店新宿本店
ジュンク堂書店新宿店
紀伊国屋書店新宿南店
青山ABC本店
丸善丸の内本店(オアゾ内)
三省堂書店有楽町店

お忙しい中、書店員の皆様、ありがとうございました。

ジュンク堂池袋の田口副店長は、ホントにお久しぶりにお会いしたんですが、
会った瞬間に「え、内澤さん?? わからなかったわー 別人だわ!」と仰天され、
本にビフォーアフターの写真をのせた方が良かったわよーと何度も言われました。
うーん。田口さんとお仕事をご一緒したころはホントに具合悪くてへなへなだったんで。
田口さんはもう全然お変わりなく、お元気そうでうれしかったです。はい。

久しぶりに一日中外まわりしていたので、すごく面白かったです。
みなさんありがとうございました。

ポップは通りかかった書店にはお渡しするようにしております。

そうそうポップといえば、
期せずして同日に発売となった
小谷野敦さんの私小説
「母子寮前」文藝春秋社
の手書きポップも書かせていただきました。
癌に罹ったお母様を看取る話で、読んでいて
あー同じ病気を巡っても、立場や感じ方などホントにいろいろ違うものが噴出するのだなあと
思いました。同病者としてちょっと辛くてページをめくる手が鈍りました。

母子寮前

小谷野 敦 / 文藝春秋






しかし私はどこかで自分の本を男性に読まれるのにちょっと腰が引けてるところがあったんですが、
昨日シアターイワトで津野海太郎さんに一年ぶりにお会いして、本をありがとうなと言われて、
いやーそのーどうでしたでしょうか。とモゴモゴお尋ねしたところ、
「あのなあ、男にわかるまいと思ってんだろ? 書いてあるもんなんだから、読めばわかるんだよっ」
と一喝されました。

あ、そういわれればそうですわ。
つーかだから書いたんじゃん、あたし。あほやー。

津野さんありがとうございました。
今年もがんばって読めばわかる本を、たくさんの人に読んでもらえるように、がんばります。
とはーー。
by riprigandpanic | 2011-01-01 13:17 | お知らせ