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フーガの技法

先日
バッハ フーガの技法とオイリュトミー

を観に行きました。高橋悠治さんのピアノがバッハが聞きたかったので。

現代舞踏、きっちりじっくり見るのは二〇年ぶりくらいでしょうか。

ダンサーの力量があまりにもはっきりとくっきりと歴然でした。
オイリュトミーというダンス?がそういうものなのだと思います。簡単なようでだれでも似たように動けるようでいて、そうでもないというか。
はじめは混乱しましたが、よく見ているうちにはっきりわかりました。

八名中二名です。もう一度見たいと思ったダンサー。
彼ら二名の動きは、同じような動きの繰り返しであるにもかかわらず、ずっと見たい。
でも残りの六名は、正直に言って五分で厭きました。不思議なもんですわ。

そして
高橋悠治のフーガの技法は
びっくりしたなあ。もやっとしてて、縺れたかと思うとくしゃくしゃと膝折り、そしてまた駆け出してくような。切る場所もアクセントもなにもかも、ずたずたな感じで、でもバッハなんでした。どんなふうにひいても音が出てるってどういうことなんだかさっぱりわからないや。太さの定まらない糸で編んだ編み物のような。もやってるようで広げればフーガ、みたいな。
しかしともあれナマの音が聴けてうれしかったのでした。
by riprigandpanic | 2010-08-24 00:42 | コントラプンクトゥス

なんじ、何を纏うべきや

服は好きです。どん底の貧乏が二〇年と長かったんで、欲しい服着たい服を存分に買えてきたためしがありませんが、ちっとは小金が使えるようになったんで、服を買ってます。たくさん買っているのかどうかはわかりません。比べようにも友達と服の話をしないから。音楽の話と同様、歳をとるとしなくなるのね。

十代から二十代半ばまでは、それでも迷うことなく着たい服を着てました。値段の制限はあってもそれなりに似たようなテイストでチープな服をみつけることくらい簡単ですからね。多少体型に合わなかろうが、なんだろうが勢いと若さに任せて。いや、腰痛とO脚が酷かったからマキシかパンツに限定してたか。まあそれでもなにも考えずに着ていた。

二十代後半から三十代は、何を着ていいのかまるでわからなくなりました。暗黒時代。楽しくなかったなあ。服を見に行く機会も減ったし。すこしずつ好きなデザイナーがでてきたりして、回復。

さてこの何を着たらいいのかわからない、着たい服がないという憂鬱。
なんなんでしょうかねあれは。もう自分は若くないと悟ったほぼすべての女性が一回は経験するんじゃないでしょうか。

現在のあーしは着る服ほとんどコスプレだと思ってます。
このように見られりゃいいんだろという達観といいますか。
あんまり女捨てても嫌がられるんで、適当に女性らしく適当にこぎれいで適当に明るく。嗤われるので盛りすぎないように。外見で人を判断する人から舐められないように。所詮人付き合いなしで人は生きられないのです。
外見で世間に喧嘩を売れるのは若いうちだけってことです。あんま楽しい喧嘩になりません。経験をふまえて言わせていただければ。ですんでなんだかゴスロリの女の子とか盛りすぎのギャルとか見ると妙に優しいよあーしは。

というわけで今は
かなりコンサバっすね。ちょっとモード入れるけど。たまに鼻血だしてモードに狂うけど。
無理はしないっす。
自己主張の激しすぎる服はね、中年には荷が重いんですよ。めんどうくさい。そしてこれ以上変な人面倒くさい人に見られたくない。ええ、本音はそこですね。

……辺り構わず真っ黒いずるずるした服ばっかり着ていた時期から比べりゃあんた。

むしろ問題はそこじゃなくなった。こだわりどころがずれたと言いますか。
シルエットと素材です。一センチ単位でなおしに出します。体型に合うもの探しまくってます。
肩も腰もホントは五ミリ単位でいきたいところ。それでもなかなかないんだよねー。これだって思ってもうかうかしてると流行が変わって着れなくなるし。ほんとプレタポルテには限界あるなー。つーかあーしの体型というか骨格が難しすぎる!! この首と肩のラインに合うシャツはどこにいけば巡り逢えるのか。そして長い胴をゆとりで隠す丈をくれ。そしてこの幅広な骨盤と脂肪が憎…以下略。地道に評判のブランド老舗名店などで試着を繰り返す日々。ホントに生まれ変わるんなら普通の体型に生まれたいよ。かといってオーダーはモードとか流行を入れるのが難しくなるし。

というように
悟りと達観を得たようでいてまだまだ服には悩まされてます。

それはさておき、
服飾についての本って少ないですよねと最近編集者や同業者に逢うたびに言ってみます。それはですね、「これがあるよ」といい本を紹介してもらえるのを待ってるんです。でもみんな「そーなんだよなー」と返して来る。んーそうなんですか。。。。じゃあ書けよ書け書けって言われると困る。ほんとに切り口が難しいんだよ服って。

べつに誰かデザイナーの作品集がみたいというのとは違うんです。こないだフセイン・チャラヤンの展覧会は行ったけど。コレクション発表作品を見るのは楽しいけど、あれはモードでありファッションであるけど、それだけが服じゃない。ていうかほんとに着ていく所を選ぶんだってばモード服は。あんなもん着て丸の内の会社に行けるかっつーの。作品としては楽しいし大好きだけど。
もちろんこれはこう着ましょうみたいなおしゃれ指南が読みたい訳じゃない。それならファッション雑誌がある。あと西村しのぶのエッセイ漫画も大好きですわ。純粋にエレガントに服を楽しんでる感じがとっても。気分があがるんだよー。しかしあれはお洒落王国でもトップクラスのお洒落様だから書ける/描ける奇蹟のような書物。一生ついて行きますとも。
でも、つまり、なんつうか、それだけではこぼれ落ちる何かがあるのですよ。


なんかこう服を巡る不自由な感じ、イライラする感じ、でも裸じゃいられないし、うっとりするし、楽しくもあるんだけど、押し付けられてる感じもあるし。
そういうのが篭った本がないかなーと思うんです。

ですんで、番子さんがKISSで連載開始したときはうれしくてメールを出したくらいっす。



神は細部に宿るのよ(1) (ワイドKC キス)

久世 番子 / 講談社



KISSって隔週なんで、立ち読みし忘れることもあって半分くらいは読んでなかったなあ。
おまけみたいについてるくるみボタンをそのままにしててごろんと横になって腹にささる、とか
誰でも持ってるグレーパーカについて、とか
コートのベルトがトイレにぽちゃん、とか

いちいち心当たりありすぎました。女三十年以上やりゃ服への思い入れも怨念もやまほどありますよね。ああこんな細やかな不自由さは、笑い飛ばすしかないっすね。そして服への愛着ととまどいもしっかり伝わってきます。


これからも楽しみにしてますよー。

そうそう番子さん、
ちなみにあーしはヒョウ柄のワンピ持ってるよーん。
しかもDVFだよーん。ドコンシャスだぜ。
コスプレもいいとこだよーん。うひょひょ。
世間体重視の服着てるとたまにやさぐれたくなるんだよこれが。
by riprigandpanic | 2010-08-14 22:23 | ほんっ

本の雑誌で

大口製本でつくられる
新潮社特装本のイラストを書かせていただきました。
なかなか出せずにすみませんでした……。


黒豚革の手帖


ひっそり継続中。

よろしくおねがいします。
by riprigandpanic | 2010-08-13 01:11 | お知らせ

生き恥さらしてなんぼっすね

カラオケでよく「アカシアの雨に打たれて」をうたいます。
死んーでしーまいーたいーと絶叫したいからです。
たいへん不評です。西田佐知子、歌うますぎるよ。
それに「死にたい」という言葉が入ってる歌って
そんなにないんですよこれが。案外。

人前で死にたいと口にするのは大変不評です。
一応大人なので相手に対して失礼にあたるのもわかっていますので
めったに言いませんけどね。

もう何年も「はーこりゃもう死んだ方がまし」
「さっさと死にたい」と思い続けて
癌になったときにはやれやれと安堵したものでした。
しかしまああれですよ。
所詮根性無しなので死にたくても
痛いのとか身体が不快なのは耐えられないわけです。
というわけで
じたばたと四度の手術を受けているうちに恐ろしいことに病気になる前よりも
元気になってしまったのでした。はっきり言って今のあーしは
完治してるかどうかもわかんないし、健康かどうかもおぼつかないんですが、
かなり元気、かもしれません。腹割れてるしな。
体重計に乗るとなんとか年齢26歳……。
癌は老化の病気なのに、なんの冗談なんでしょうか。
そうそう、こんな感じです。
http://data.tumblr.com/EQ1LIidlqb68dgp9LMQP34kG_500.gif

そんな散々な滑稽事を今『身体のいいなり』にて
書いているわけです。「一冊の本」朝日新聞出版
で連載してます。


前置きが長くなりました。
どんなにへなへなの根性無しでも、
死んでしまいたい、人生やめたい、消え失せたい
と思うそのときの気持ちに嘘偽りはありません。
だからといって自殺を実行したいかどうかはまた全然別の話なんですけど。

死ぬよりほかに (徳間文庫)

福澤徹三 / 徳間書店




七つの短編からなる『死ぬよりほかに』(単行本時『夏の改札口』改題)
を読んでいて、自分とのあまりの近似にげええと叫びそうになりました。
なにがって登場人物たちのへたれっぷりが。どぐされぶりが。
介護疲れ、痴漢容疑、いじめ、失業、
ちいさな躓きの積み重ねから人生の袋小路に迷い込み、疲れ果てて
「ああもう死んでしまおう」「ここらでもういいか」となる。
もちろん本気も本気、なんだけど、他人から見りゃどってことないこととも
言える。特攻兵の亡霊(ここんところ深夜NHK特集ばかり見てるんで)から
襟首つかまれて往復ビンタ張られても仕方ないのよ。
でも死にたいの。つーか生きつづける気力が湧かんの。
なんかもうすごくわかるんだよなあこれ。

しかし人間そう簡単に自ら命を断つことはできないのです。
へたれは特にな。死のうと決意した彼らがそのあとのあとに見る抜けた風景、
噛みしめる滑稽、苦み、そしてしょうもなく押し寄せる諦念。

いま、あーしの網膜にも似たようなもんが映っとります。ちらちらと。
口ん中に溢れております。苦い汁が。
福澤さん、消えるんすかねこれ。
とーはーあーーあああ(エクトプラズム散歩中)。

それはそうといつもご著書送っていただきありがとうございます。
送るものがなかなかでないこちらとしては大恐縮でございます。
ちゃんと買ってますので送っていただかなくても大丈夫ですよ。
またいつか呑みましょう。
次こそは泥酔して狼藉を働かないことをここに誓わせていただきます……(小声)。

ついでにこちらも
これから読みます。こっちは楽しそうです。あ、写真が来てない。装丁おもしろいのに。

Iターン

福澤 徹三 / 文藝春秋






ツイッターはじめました。こちらからどうぞ
http://twitter.com/riprigandpanic
by riprigandpanic | 2010-08-11 21:49 | ほんっ

まだよくわからないですけど

ツイッターをはじめてみたんですが、
まだよくわかりません。

なにを書いたらいいのかというのもありますが、
人のツイートを見て楽しいのかと言われると、うーーーんと、
なんか、そのー、かなり、面倒くさいときもあります。
あと三十年したら、非実在にされないように、
友人同士おたがいの生存確認に使うのにいいかもしれませんが、
いまのところは、そこまで確認し合わなくても、なんとかなってるような気もします。
いやでも人を殺したあとにその人を装ってツイートし続ける犯人とか
でてくるのかなあ、これから。……年金受給者ならありか。

もともと情報にうとい方なので、いまからコレに、とか
展覧会情報とか、イベント情報とか、
多すぎると、アーモー世の中についていけないわとしんなりしてしまうのです。
大型書店の新刊の平台見た時くらいしんなりします。

意見表明みたいなのも、面白いときもありますが、
たくさんツイートしてしまって、瀧のように流れて来ると、
……たぶん、うざいっす。すいません。
友達がリツイートしたものを参考にするくらいでいいです。

で、ちなみに、ツイッターのおかげでつながったというものは、
特にないです。まあ期待もしてないですけど、楽しそうにつながって、仕事にまでつながって、
わあ、すごい、な人の話を読むと
なにか違うものをしているのではないかと思うくらいです。

しかし一度御会いしたきりなんだけどどうしているのか気になるとか、
遠隔地に住む友人などの消息がわかるのはよろしいです。


それくらいしか活用できてません。


しかし今日、自分が心の底からに楽しめるツイートをようやく発見しましたよ!!!

大喜利

これはなんかもうすごい楽しい。リツイートというかたちの投稿なのかな、
凄い量だけど、めちゃくちゃおもしろい。あほらしいとも言えますが。

今日のお題は
R70創刊の特集は? です。
http://twitter.com/ogiri_tweet


おなじ理由で田中圭一先生のつぶやきも大好きです。
リツイートしてみたらフォロワーが減りました(笑)。
もはや他の追随を許さない下ネタギャグ絨毯爆撃。鳥肌たつわー。


あ、告知などもたまにしますので
よろしくお願いします。
http://twitter.com/riprigandpanic
by riprigandpanic | 2010-08-06 13:21 | どうでもいい日常