カテゴリ:ほれぼれ,岡惚れ( 20 )

うらたじゅんさんと再会

明日というか、今日から、
青山のビリケンギャラリーで
山田勇男さんとうらたじゅんさんの二人展が開催されます。

近所に用事があったので、ひとあしさきにのぞいたら
展示準備中のうらたさんに逢えた!!!

うらたさんとお会いしたりおしゃべりしたころは、むちゃくちゃ具合も悪くて貧乏な時だったんで、
またまたおそろしく大げさに「内澤さん??どーしたのーーー。変わったああああ。化粧してるうううう。お洒落してるうううう」と驚かれてしまいました。……面の皮一枚だけですって、変わったのは。つーか化粧してるだけだってば。おっとシリコンも入ってるか。そんなにしょぼくれていたのかってしょぼくれてたんでしょう。まあ事実なんでしかたないっす。

うらたさんははじめてお会いしたときにはすでに胃癌に罹って五年目で、そのあとすぐに食道癌になっていて、偶然にもあたしが朝日新聞朝刊で島田雅彦氏の「徒然王子」の挿絵を描いていた同時期に、読売新聞夕刊で唐十郎氏の「朝顔男」の挿絵を描いていた。へろへろだったから、あんまりちゃんと見れなかったんですけど、ずっと身体大丈夫かなあとか気になっていたし、エールをひそかに送っていました。

展示準備が終わってから、夕食にお誘いしました。

新聞連載の後も忙しいまんまで、ブログもチェックできなかったので、今日会って昨年一月に乳癌になっていたことを聞いた。やっぱ再発原発しやすいんだなあ。うらたさんから、なめてかかってるといけないよ、ちゃんと身体休めてねと注意されました。……そうなんですけど、次の癌にそなえて治療療養費なんとかせなヤバいんですってば!! 保険入ってないし。そうなんだよねー。ほんと、お金の心配しないで身体の心配だけできたらどんなにいいかだよねーとひとしきりお金談義。ビンボーひまなしですわい。

あたしが癌になったとき、うらたさんは現金書留で一万円を送ってきてくれた。うらたさんだって生活は楽ではないというのに。
あたしはそのとき本当にどん底に腐りきっていて、お礼の手紙すら出せなかったのだけど、実は本当に仕事もなかったので、助かったし、ありがたかった。あのときは本当にありがとうと、やっと言えたら泣きそうになってしまった。そしたらうらたさんは前に会ったときにも言われたと笑う。どうもあたしのなかではお見舞金をいただいたそのときすぐにお礼を言えなかったことがずっとずっとひっかかっていて、何度お礼を言っても忘れてしまうようなのだった。
たぶん次に会う時も、まあた
あのときはありがとうとめそめそしながら言ってしまいそうで怖いというかかなり恥ずかしい。あまりにも恥ずかしいのでいっそここに書いておけば忘れないと思いまして恥を書きなぐりました。


うらたさんはまた絵がうまくなっていた。すこしずつ、すこしずつ、うまくなる。
すごい人だなあと思う。懐かしい風景と、懐かしくかわいいこどもたち。少年探偵団がテーマなので、こどもと怪人二十面相が描かれていた。しかし私が一番すきなのは、うらたさんが描くエロい絵なのであった。不思議な絵です。そわそわするんですよ背中のあたりが。ああいうそわそわは、うらたさんの絵にしかないんだよなあ。自分じゃもちろん出せないです。今回はエロなしですかと聞いたら、展覧会期間中にひょっとしたら一枚つけたすかもだそうです。すいません。。。。

そして山田勇男さんの人魚の絵は、
こりゃーもう、文句無しの、完成度の高い、耽美なエロじゃなくてエロティシズムあふれる作品。エッチングのようなペン画の細かさにノックアウトでした。


会期は三週間ありますし、なんだかイベントもたくさんあるようですのでぜひお近くにお越しの際にはどうぞ。
by riprigandpanic | 2011-01-07 00:59 | ほれぼれ,岡惚れ

ベンダ・ビリリ!~もう一つのキンシャサの奇跡

八月の猛暑の中の過酷労働の中、試写を見落として
どーしても気になってしまって、無理して観ました
ベンダ・ビリリ!

コンゴ、キンシャサの路上生活障害者たちが立ちあげたバンドが
フランスのプロデューサーに見いだされて、CDを録音し、ヨーロッパツアーに
行くまでのドキュメント。
この国ではポリオがまん延していて、車椅子の障害者がたくさんいる。
政治が不安定なのは周知の事実。ドキュメント映画コンゴ・リバーを見て
震えたくらいのどうしようもない絶望に満ちている国。

でもそれはホントのところ関係ないの。

一音聞いただけで、やーらーれーたーーー。
すさまじく、良いのだ。彼らの音楽が。なにもかもをふっ飛ばすくらい。
ブエナ・ビスタ。ソシアルクラブを見たときと同じ衝撃。凄味。
もー上映中ずっと涙止まんなくなっちゃった。おばちゃんだから。

またがらくた戦車みたいな車椅子がカッコイイと言ってしまっていいのか
わかんないけど、かっこいいの。ワゴン車の窓に適当に丸穴開けちゃったりとか、
ビーサンやマッチをぺちぺち地面にたたきつけてリズムとるところとか、
車椅子を降りて踊り出すところとか、
この国の人たちの生来のセンスにどうしても反応してしまう。
かっこいいんだよ。くやしいくらい。
障害者だとか路上生活者だとかそんなこと関係なく、音楽に
全身全霊でのめり込んで踊って歌う姿がとにかく凄いのだ。
あの姿にはどうしても揺さぶられてしまう。

撮影をはじめたときに、まだ子どもで、一家を養いながら
空き缶と棒をつなげて一弦楽器をつま弾いている
ロジェくんの目が、きつくて暗くて気になった。
ヨーロッパツアーが成功しても、彼はひとりで暗い顔をしていた。

しかし今日上映後のトークゲストで来たロジェくんの目は
とろけるように笑っていて、そんなふうに笑えるようになって
ほんとうに良かったと思ったのでした。


すべてのアフリカの国が音楽資源に満ちているわけではない。
ていうか、音楽はあるし踊りもあるんだけど、
欧米や日本で受けるかどうかはわからないということ。
そこが一番難しいところ。
十年前エチオピアで聞いた音楽はとても良かったのだけど、
残念だけどエチオピア人にしかうけないだろうとは思った。
帰国してCDを買ったけれど、すぐに聞かなくなった。

この差はなんなんだろうと思う。



韓国が面白い映画やドラマを作るようになったとき、すごくうれしかった。
援助ではなくて、支援でなくて、心底欲しいと思ってその国が作ったものに
お金を落とすことができると思ったから。
まあ、韓国に援助はもはや必要ないしもう追い抜かれてるけど
(もちろん解決されない問題も
まだまだあるわけですが)、
それすらも実はちょっと嬉しいくらい
八十年代の韓国の状況を眺めているのは正直しんどかった。
あの当時韓国語やった人はみんなそれで苦しんだものです。

でもそこではたと気づく。

援助でも支援でもなく、消費をしたい自分に。
消費をしながらどこかで援助した気になってる自分に。

あたしたちはどこか身勝手だ。
まあ彼らの事情を無視して
レアメタル獲りあうよりは全然マシだとはおもうけどな。

でも、いいものはいいのだ。理屈も理性もなにもかも腑抜けになる。
それがまた気持ちいいのも確かなのである。

もちろんCD買いましたとも。
サラ・モサラ(働けー)聞きながら原稿書きますはい。

イメフォの山下さん、教えてくれてありがとう!!


サラ・モサラー!!
by riprigandpanic | 2010-09-20 22:29 | ほれぼれ,岡惚れ

うっとりは薬だもん

こういうのを書くのはかなりとても恥ずかしいんですけど
やっぱりとても嬉しかったというか
びっくりしてしまったのであえて書いてしまいます。

えーと何回も書いておりますジュエリーブランドnoguchi。
地道に少しずつ買い集めております。
あーしが欲しいのはちょっと前に発表されたラインでして、
店頭には並んでないんですが、注文すると作ってくださるのです。
で、過日受け取りに行ったらば、

クロワッサンの記事を読んでどうしてもプレスが欲しくなり
購入された女性からお手紙がちょうど今日届いたと。

あの記事を読んで来て下さるお客さまは
すごく愛着や思い入れをもって買って行って下さる
方が多いんですよと
広報の方に嬉しそうに言われました。
でも雑誌ですよ。一月のコラムページですよ。ありえませんよ普通。
いくらクロワッサンが読み捨てされない力のある雑誌だとはいえ。
noguchiは他の雑誌でももちろんとりあげられているわけです。
なのになぜかいまだにあの記事を読んだというお客さんが来て下さる。

いや、ホントにごく普通の文章なんで、写真が良かったせいだと
思うんですが、今回のお手紙の話をうかがって
胸を突かれてしまいました。
うかがったお話を再構成してるんで
手紙の内容とは若干ずれてるかもしれませんが、
その女性は乳癌を患って気持ちもふさいでしまって
あまり人と話もしたくなくなって家の中にこもっていたときに
クロワッサンの記事を見て、ああ欲しいなと思ってくださったらしいのです。
そしてブレスをつけた自分の手をみて、すごく元気なきもちになったと。
外に出かけたくなったと。

あたしはそのエッセイで自分の乳癌についてまったく触れてないんですが
じつはあたしもあれは二回切除して三回目のゼンテキの間くらいに買ってんです。
こういうシンクロってあるんですかね。偶然と言うにはなんかちょっと、ね。
すごく驚きました。

綺麗なものを身に着けたかったんです。
あたしの場合は外にも出かけていたしどかどか仕事もいただけていて、
周りからみたらえれえ元気に映っていたとおもうんですが、
まあそれはそれとして、やっぱりものすごくささくれてました。
ま、乳癌になってなくてもつーかなる前から相当ささくれてるんですけれども。
そこからまたさらにささくれランクアップしてましたし。

なんというか、服とかお化粧とかアクセとか
そういうものでうっとりしたかったんです。これは嘘偽りなく。
気持ちをあげたかった。
だからってピッカピカしたものをつけたいというわけでもなくて、
そのあたりが難しいんだけど、noguchiのプレスみたとたんにこれって
思ったわけです。肌にぴったりきた色味とか繊細な細工とか、控え目なんだけど
すごい存在感があって。三カ月迷い、しかしあのうっとりが忘れ難く、
購入に至ったわけです。

広報の方のお話でなるほどと思ったのは、ジュエリーには
人の虚栄心をあおるものもあると。そうだと思う。
それが必要な人もいるし、そうやって自分をあげるひともいるでしょう。
ハイブランドのジュエリーは全部とはいいませんがそういうものが多くて
当時のあたしにはどうにも似合わないちゅうかつけたいという気にまるでならなかった。

だけどnoguchiのジュエリーはそういうのとまたちがって
すごくやさしく気持ちをあげてくれる。
色味にこだわってあえて14金にしているとか、ブラウンダイヤを使ってるとか
そういうことは伺ってはじめて知ったことで
よくわからなかったんだけど、
身につけたときのうっとり感はね
ほんとに得難いものだったのでした。
気に入った服を着るのとも踵の高い靴を履くのともまたちょっと違う、
芯から支えてくれるようなあがり方。気持ちよさ。
特に指輪とプレスはネックレスと違って自分の目に入りますから。
あたしなんて普段パソコン打つときにわざわざつけてるもん。
お出かけだからつけるんじゃないもん。

同じ病気を抱えた方が、写真を見てたぶん同じように感じてくださって
購入されて、うっとりされている。
とてもとても嬉しいです。
そう思って買った指環を嵌めた手を眺めるとうっとりが倍増します。
(ブレスはお直し中)ありがとうございました。

うっとりはきっとキラー細胞を増やします。
根拠ありませんがそんな気がしますはい。
by riprigandpanic | 2010-09-05 03:37 | ほれぼれ,岡惚れ

闇の奥

20日の日曜日にイメージフォーラムでトークをする
「コンゴ・リバー」
ようやく字幕つきのDVDを渡され視聴。
いやーフランス語もリンガラ語もその他の言語もまるでわからないので字幕なしのDVDを見て困ってました。

こういうのを

素晴らしいドキュメンタリー映画っていうんじゃないすかね。ね。ね。ね。ね。


すごくよかったです。

この国がまだザイールと呼ばれていた頃、あーしはだれかの写真を見てまるで村ひとつが船になって移動するような船の遡行にすごい興味を惹かれ、エチオピアの次はコンゴ川遡りをやろうと思っていたんですが、いろいろあって行けませんでした。
あれからコンゴ共和国になって内戦があって今も東部の治安は最悪で。

コンゴ川を遡行しながら船に乗る人、操る人、釣り人、民兵、まじない師、レイプされた女性たち、教会、さまざまな人たちを映し出す。

言うてもせんないことですが、あえて言わせてもらうなら
どっちの救済に手を貸すかってんなら、こっちに決まってんだろがあっ。
どっちのモウ片方はあえて書かないけど。

このすばらしく豊かでうつくしい土地と住人たちが抱えるほどけない暗黒。


あっちを見ないでこっちを見ろなんてそんな野暮はいいません。
でも
ドキュメンタリーとはなんなのか、にもし興味をもったら
ぜひ
この「コンゴ・リバー」を観てください。


どんなノンフィクションでもドキュメンタリーでも、編集意図というものは入ります。真実をうつすなんてことはできません。だからこそ作り手の立ち位置、対象との距離の取り方、編集意図を見る側は考えて、ついでに自分が今どこに立って何を知っていてどう感じているのかを見据えないと。
なんて説教臭いこと書いてすみません。

地獄の黙示録がお好きな方にもぜひ。コッポラがインスパイアされたというコンラッドの「闇の奥」はコンゴ川が舞台なのです。植民地時代に作られた大学が川沿いにでてきたときはちょっとうおっと思いましたよ。川を遡行するってなんでもうそれだけでドキドキするんだろうかねえ。
by riprigandpanic | 2010-06-19 02:52 | ほれぼれ,岡惚れ

マタイと羊とあーし

さいたま芸術劇場までバッハのマタイ受難曲をききに行ってきた。復活祭の前日の土曜日に。
バッハ・コレギウム・ジャパン
BWV244全曲

バッハ・コレギウム・ジャパン
一年くらい前に教会カンタータをききにいったんで二回目。

あーしはクラシック音楽は特にくわしくないし古楽マニアでももちろんないんですが
耳がイカれて以来電気を通して音を大きくするコンサートにはいきにくくなってしまったんで、ほそぼそした楽しみとして。

以下覚書 

さいたま芸術劇場、結構いいぞ。行き帰りの閑散とした感じがいい。チケットもとりやすいし。うちから初台に出かけるのとたいして変わらないし。オペラシティはなんだか飲食店が並んでいるんだけど、全然入りたいところもないし、あの帰り道は一人で歩いてるとちょっと憔悴する。でも与野本町は本当になんにもないから、どっか入りたいのに入りたいところがない、という感じにはならない。いっそこっちのがいいよ。

気になった歌手


第一群アルトのマリアンネ・ベアーテ・キーラントの声がとてもよかった。なんか太くて。
そして第二群アルトの青木洋也は対照的にとっても細い声なんだけど、歌い方がとても繊細で美しかった。カストラートなんですね。きっと人気者なのでしょう。51番レチタティーボ52番アリアがすばらしかった。
第二群テノールの水越啓の34番レチタティーボ、35番のアリアも良かった。気にとめたこともないアリアなんでしたが。

バッハ・コレギウム・ジャパン旗揚げの初演のときはアルトがデビューしたばかりの米良美一だったとネットで拾ってへーえと驚きました。

家ではよーわからんままにフルトヴェングラーのマタイ受難曲を十年以上きいておりまして、足の悪い老人が屋根裏でごとごと歩きまわっているような、陰鬱なひきずるようなリズムが脊髄反射みたいにあたまにはいってんで、なんだか全体にとてもさわやかな感じがいたしました。39番のアリアなど早い気すらしましたが、それはおそらくあーしのペースがフルトヴェングラーだからなのでしょう。古楽器だと思われるものも入っててこっちのが元の感じにちかいのかなあとも思ったり。で、福音史家はちと軽かったような気もしますが。


しかし復活祭あたりにマタイ受難曲。いい感じですね。十二月に仮名手本忠臣蔵を見るようなもんです。あ、受難曲というのは、イエスキリストがつかまって処刑されて埋められるまでの受難を歌曲にしたといえばいいんですかね。はいこれから復活しますってところで終わります。詳しくはwikiってください。福音史家がナレーションの役割で、イエスキリストとかユダとか何人かの登場人物がいて、ストーリーが進んでいきます。オペラじゃないんで劇はないです。たぶん一番よく耳にするのは39番のアリアで、「サクリファイス」のラストシーンでも流れます。憐れみたまえ、わが神よ、てやつ。
バッハの初演は1727年の聖金曜日。四月十一日。ライプツィヒの聖トマス教会にて。キリスト教史に暗いあーしは、この当時のプロテスタントが謝肉祭から肉絶ち斎戒をしていたのかどうかもちと心もとないです。ううう調べなきゃ。

ヨーロッパの肉食がどんなふうにとらえられてきたのかを考えるのに、聖書を読みたいと思いつつ、あれがねえ、どう頑張っても退屈になってまともに読めないんですわ。原罪という概念もまったく心当たりなくて(笑)。罰あたりならよく実感できる(自分のことだからな)んだけどなあ。違うでしょ?たぶん。共感薄いものはなかなか読めませんわ。とほほ。
該当箇所を拾い読みしてるだけではどうにもならんのだがなあと思ってて、まあ雰囲気を味わうならもちっと大衆向けに受け入れやすくなってる受難曲とか教会カンタータはいいかもしれんと思って歌詞をたどりながら聴いてるわけです。

パンフレットにはドイツ語(これ現代ドイツ語とかなりちがうような気がしますが、大学で齧っただけなので忘れているんでなんとも)と日本語対訳(指揮で代表の鈴木雅明によるもの)がつき、さらに聖書どこどこ参照とか、このことばはルターが翻訳するときに付け加えたものとか、注釈もついている。すごく面白い。カンタータの時もそうだった。バッハ・コレギウム・ジャパンは今世界的にも評価されているそうなんですが、これ日本語で読みながら聴けるのは僥倖だなあ。

よき羊飼いとか犠牲の子羊とか
羊Lammがでてくるたびに、考えるのはただひとつ
「屠所にひかれゆく羊のように」という表現です。
むちゃくちゃ嫌がるのを無理矢理、みたいなときに使われますが、
屠畜場がそんなにとんでもなく嫌なところなのか、と、
日本では使ってほしくないと思い意思表明している人がいて
差別表現として版元が自粛している現在。

で、そもそもこの言い回しから西洋人がどういうイメージを連想するのか
を知りたいと思ったわけです。
おまえはそんなに教養がないのかといわれそうですが、だってないから。この表現を使った日本人の書き手は、きっと聖書を読破しているのだろうけれど、読み手はなあ、聖書の世界観がデフォルトで頭に入ってる日本人ってどれくらいいるんだろうか。

受難曲の歌詞をたどりながら聴いていると犠牲の子羊がキリストの隠喩なんですね。

O Lamm Gottes, unschuldig Am Stamm des Kreuzes geschlachtet
おお、神の子羊、汚れなき 十字架の上に屠られた

だもんなー。
それってあたりまえのことなんですかね。そこまで考えた事がなくて。
そうするとあの言葉はただ単に嫌な場所に連れて行かれるのとはすこし意味合いが違ってくるような気もしますけど。
それとまあきっと絶対だれでも羊を犠牲に捧げることはできたでしょうしねえ。
日本の屠るという言葉を巡る感覚とは、やっぱりかけ離れてると思います。

そして犠牲の豚はいないのよね。それはユダヤ教が豚肉食を禁止していたからなんでしょうけど。
以下羊をめぐる話です。

先日海の外のあるところで、まだちいさな子羊をつぶしてもらいました。あーしが抱っこできるくらいのやつ。そこでも自家屠畜がいりーがるなんで、あまり具体的には書けません。引っ張って来る時はたしかにちょっと嫌がるんですけど、四肢を投げ出すようにして座らせると信じられないくらい大人しくなってなんの抵抗もなくちょこんと座ってるわけです。一応後ろからもこもこの毛を掴んで押さえていたんですが、抵抗ゼロ。とてつもなくかわいらしいのです。

うー眠くなったのでつづきはまたあとで。

あ。ドイツ語部分にミスタッチありまして教えていただいたんで直しました。
by riprigandpanic | 2010-04-04 22:56 | ほれぼれ,岡惚れ

とりあえず

昨日のブログの続きで

神谷さんとこで作ってる
猪のソーセージ。

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うううううう肉を噛み締めてる感じがたまんないっす。
写真は同行した屠友、Gさんから送ってもらいやした。あざっす。
カメラ忘れちゃったもんで。てへ。
by riprigandpanic | 2010-02-25 15:37 | ほれぼれ,岡惚れ

伝説の犬怪人

20日は
「綺想礼讃」 
国書刊行会 刊行記念で、

松山俊太郎氏と
神保町東京堂書店で安藤礼二氏とトークイベントがありました。

松山先生はあーしが学生時代英語を教えにいらしていて、
着流しで国学院のキャンパスを歩く姿は異様な存在感を放っていらした。
鎌田先生らと一度だけ同席したときも、隣の女生徒の乳房を顔色一つ変えずに、ちゅうかその女生徒の顔すら見ずにぺ、ろーーーんと触っていらした。
あまりにも当然のような風情に女生徒もわたしらも茫然。
鎌田先生にいたっては「いや、うらやましい」とか言い出す始末であった。
いちおう当時もセクハラという言葉はあったような気がしますが、もうね、そんな次元の触り方じゃないことはその場にいた全員が納得していたような。


というのがもはや二十数年前のこと。
とうじから伝説の怪人でした。

ハードスケジュールを押して東京堂書店に行くと客はなぜか男性ばかり。
怖いので一番後ろから先生のご尊顔を仰ぐ。
ご自身の経歴を何もしてきていないとばっさり謙遜し、しいていえば酒を飲んで、猫を殺してきたことぐらいでしょうかねと続けるその発言が聞けただけで来た甲斐があったような。途中あまりの疲労にちょっと寝てしまいましたが、とてもたのしいトークを聞けて嬉しかったのでありました。

綺想礼讃

松山 俊太郎 / 国書刊行会


by riprigandpanic | 2010-02-22 03:35 | ほれぼれ,岡惚れ

目ヂカラ、半端ないっす

最近仕事場に行かずにサンマルクカフェで仕事している関係上、
夜の十時に強制的に一旦仕事上がります。
なんかもう、サンマルクでないと原稿が書けないような気がしてきた。うううう。

で、帰宅すると相方が
DVDを見ている。つまんなきゃご飯食べてまた仕事しますけど。

今夜の
「黒の奔流」1972年 監督 渡邊祐介 
はとても良かった。

いえ、話の筋はどってことない火曜サスペンスに毛が三本生えたくらいの感じなんですけど、役者と演出が素晴らしい。

岡田茉莉子が凄いの。

最近のあーしのお気に入りなんです。
「流れる」も「顔」も「秋津温泉」もね
大変美形でスタイルも良く着物もドレスも良く似合うし着こなす正統派の美女ですよね。
なにより目が本当に大きくて美しい。

なのに、なぜか女の情念怨念がど、ばあああああっと怖いくらい溢れる不幸な目。
「顔」や「秋津温泉」はまだね、若い時のだからそれでも美しさが先に立つから優美なのです。
でも胸が痛くなるような切ない目をするのがたまらんのですけど。

で、「黒の奔流」は、三十代後半となり、トウが立ってきた頃合い。女中の役です。
日陰の女がぴったりの目ヂカラ。怖い、怖すぎる。

またセリフがいちいちベタに黒い。PCワードなどの制約を気にしなかったとしても、逆立ちしたっていまの脚本家には出てこない徹底的な女性蔑視の発言の数々。うろ覚えで書いてますからね。ぴったりじゃないですよ。でもこんな感じ。


山崎努扮する弁護士の先生に先生の子供がいるんです。一緒にいたいんですとすがる岡田に
「気でも違ったのか。学歴もなにもないおまえなんかとだれが一緒になるか」
とか
賭けで強姦されてしまって、ひどい、このままじゃ帰れませんと泣きすがる岡田に男(ふつーに社会的地位がある大人です)が
「なんだよ金かよ。金やると強姦じゃなくなっちゃうんだよなあ。ほら」と聖徳太子五人投げつけて、そんな、ひどい、、、とさらに泣きすがると「なんだよ、足りないのかよ、これだから貧乏な女は……」

もう爆笑っす。ウッズのエロメール読んだ時くらい笑えた。


もちろん最後は岡田が男をめった刺しにするわけであるが、それでもちゃんと一緒に抱きすがって死ぬあたりがまた時代を感じます。最期までかわいらしくよわよわしいおんな、なのです。くはーーー。それがなぜかたまらなくぞくぞくするんだこれが。

彼女の「四谷怪談」、見、見たいよーーーーーー。

清張ドラマ「けものみち」も以前作られた映画では、もっと主人公の女が男に依存しています。よわよわしいの。弱者だからこそ、男に狂気の刃を向けるのですね。もはやファンタジーの域かと。
米倉涼子版はすごく強くてかっこいい女になってて、それも痛快で面白くて好きでしたが。

岡田みたいな情念の目ができる女優さんって今だれがいるだろうかと考えてみたのですが、
んーーーーー浮かばない。色気のある女優さんはいっぱいいるんですが、どこかさらさらな色気なのだ。

じとっとしてんのに品があるの、いないかなあ。
by riprigandpanic | 2009-12-14 01:42 | ほれぼれ,岡惚れ

逢える日が楽しみでねえ

ラム酒飲みはじめて二年経ちました。

まだまだ初心者なんですが、こ、これ、もう絶対これと添い遂げたい
っちゅう出会いがありまして、
某所でこれ飲むのがホントに楽しみなのだ。
そんなにしょっちゅう行けないので
今日は行けるって思うと、あれですね、ほとんど逢い引き状態ですわ。
そわそわしちゃったりなんかして。
んで二杯しか飲まないのよん。うふふ。
チバから戻って、とりあえずこいつをね、飲もうと思ってがんばって仕事あげれば
飲める、のが嬉しい。生きてるたのしみなんて、些細なもんしかないもんですわ。
まだ今月に入ってから飲んでませんけどね。
いつ飲もうかなと考えてるのが愉しいのっ。

ちなみに家酒はほとんどしません。

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これ正確にはラムじゃないんだった。
ラムラム言ってたら出してくださったものなんで、まあ、ラムっぽいもの。
ようするにサトウキビの蒸留酒。あ、でも黒糖焼酎ほどはなれてはいない。もっとラムに近い。

まろやかなんだけど、芯は硬めで、きしっとしてる。甘いけど、ひかえめ。
あー語彙少ないね。ほんと味に関して書くのって難しいですわ。
香りがまた良くて、くんくんしてるだけでかなり幸せ。


たいていいい気分になってからマスターからお酒のことを教えてもらうんで
なかなか覚えられません。ビール瓶に詰めて、コルクで栓がしてある。とてもプリミティブ。
コルクの断面に、CとかBとか黒マジックで書いてある。樽の木の種類なんだそうで、三種類飲ませてもらったけど、色のつきかたも味も香りも違った。Cが一番気に入ったんですが、で、その木の名前を忘れましたわ。ほんと、蘊蓄を覚えられねえ。三本の中では一番色濃くて、まろやかなの。

これラベルデザインも好きだなーって言ってたら瓶あけたときに下さいました。
ウラッ返しても、日本の代理店のシールもないっすね。個人業者なんだったっけなあ。
Kさん、ありがとうございます。


ああ今月はいつ行けるんだろうなあ。


サトウキビの蒸留酒の悲しい所は、なんでかチーズが合わない。
あーしチーズ好きなんだけど。
どうもしょっぱいものは全部駄目です。甘いのか、酸っぱいのか。
フルーツとか、干しぶどうとか、チョコレートとか。

ああ今月……取材が多いっす……。


エエ市のうちから徒歩三分の某やまRくで飲んでたラムもおいしかったですね。
ええ、例によって名前忘れました。こってり系のダークラム。スピリッツ好きなKさんがもってきてくれたやつ。やまRくのみなさんはお元気だろうか。遅い時間でもやってて、ありがたかったなー。また行きたいなー。
by riprigandpanic | 2009-11-05 03:04 | ほれぼれ,岡惚れ

ぶんかに飢えてる

ここんところほんっとうに
豚のうんことえさと、雑草とセメントと、塩ビ管と、汚水と、土、と豚の血を吸った蚊と、蠅と、カエル、しか
触ってません。

あとはパソコン。

なもんで、
社内に小部屋を持つ男、ツムツムが送ってくださった
芸術新潮8月号が沁みる沁みる。心に沁みます、トミ・ウンゲラー。
ニューヨークでイラストレーターしていたときのかっちょいい風刺画もいいんだが、
あーしにしてはめずらしく、「青い雲」という絵本の挿絵に惹かれました。
雨にならない青い雲の絵が、なんとも良い。……疲れてんですわ。さすがに。

ストラスブールのウンゲラー美術館にいぎだい。
ていうか、都内のトミ・ウンゲラーの小展示にいぎだい。でもたぶん無理。ちかぢか神楽坂の病院に行かねばならないのだが、いろいろぎっちりだもんで、なあ。はあ。

さて、48ページに、彼がカナダの田舎でほぼ自給自足生活をしていた時代の作品群のなかに、夫婦で豚をつぶす絵が4点あります。たぶんこれを見せたくて送ってくださったんだと思います……ありがとうございます。違ったらすんません。

う、うまいんだこれが。喉を突く瞬間を描いてる。

しかし自分で捌いていてどうして描けたのかな。誰かが捌いたのかな。それにしてもうまい。


んで、
写楽肉筆(小特集)よりも、小村雪岱挿絵原画(連載)のほうが、そそられますわ。うーいーなー雪岱。なんでこんな線が面相ででるんだろうかね。


とりあえず、今度ストラスブールの土産話を聞かせてくらさいねー、ツムツム。
by riprigandpanic | 2009-07-29 23:35 | ほれぼれ,岡惚れ