タラブックス

「タラブックス」を読んで思ったことを徒然に。

http://www.genkosha.co.jp/gmook/?p=13808



印刷や製本部門もある、インドの小さな出版社の営み

手漉きのコットンペーパーにシルクスクリーンで刷られた少部数絵本がどうしても注目されがちだけど、そうではない本も刊行している。



本作りに関わる人間ならば、誰でも考え続けていることだろうと思うけれど、書物は中身とデザインを含む造りと、部数のバランスが肝要。タラブックスの代表者の二人、ギータとV.ギータのインタビューからそこにこだわっていることがよく伝わってくる。

日本の多くの商業出版(どのくらいのレベルかというと、いささか古い定規ですが、トーハン日販の流通に乗るくらい)の場合、本の汎用型のようなものにテキストやデザインをはめ込んで作っているようにも思え、それに疲れ(出版不況になって以降は特に)、疑問を呈する人たちが、タラブックスの本にある種の理想郷を見るようだけれど、

日本にも様々な規模の本を作る人たちがいて、一人出版社もあれば、限定手製本をきっちり作る人もいるし、ずっと以前からいたし、時代の趨勢はあっても、アーテイストブックからミニコミまでいろんな「本」があったし、あり続けている。

私はむしろそれらメジャーな商業出版以外の、ひとり出版社とかアーティストブックとか、手製本とか、ミニコミでもいいんだけれど、そんなところで作られる本たちが、タラブックスのような、世界のいろんなところにファンを持つくらいの吸引力なり熱量なりを持つ本を作ってない、もしかして作っているのかもしれないけれど、話題として届いてこない、もしかしたら世界相手に売り出してないだけかもしれないけど。それか私が知らないだけであるのかな。いやあったらそもそもこの「タラブックス」はこんな書かれ方をしないだろう。

それは一体何故なんだと考え込んでしまったのでした。

彼女たちの従業員への温かな視線、対等に、ノンヒエラルキーでという気持ちだとか、大量な発注が来ても増資も増員もしないとか、そういう働き方の姿勢も実に心地よいのだけれど、一番響いたのは、すべての作り手との対話をものすごく丁寧に行っているというところ、かなあ。それが足りない、のかなあ。国内外問わず多くのアーティストブックに多発する、本にするという必然が見えないのは、これのせいなのかなあなどと考えてみたり。


で、タラブックスを羨むよりは、今の日本で、一冊でもバランスのいい、手の温もりと熱意のこもった本を作りたいと、思った方がずっといいと思うのでした。

と言いつつ、現在の私は獣肉屋さん目指して土木工事の真っ最中なのですが。でもまた本を作りたい気持ちが湧いて来て、我ながらびっくりです。

小豆島でもタラブックスの展示があります。ご興味ある人はぜひ。

by riprigandpanic | 2017-09-18 20:46 | ほんっ


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