遅くなりましたが講演のご報告

 九月三日に参加させていただいた広島市安佐動物公園でのシンポジウムについて、書こうと思いつつ幾星霜。呼んでいただきながら、本当にすみません。その直後に講談社エッセイ賞の授賞式があり、これがまた大変名誉なことで嬉しかったのですが、ひとみしり激しい私にとっては相当ハードルの高い出来事でありまして、クタクタになり果て、その後の仕事にいたく支障をきたしてああもう師走寸前……という情けない状況になっております。関係者の皆様、本当にすみません。
 しかしやはりこのシンポジウムについてはご報告したい。
 シンポジウム参加のお誘いをいただいた時点で私は本当に嬉しかったのです。なにしろタイトルがツボでした。
「かわいいだけでいいのか 命をつたえる動物園」
http://www.asazoo.jp/?action=common_download_main&upload_id=1233 

台風が上陸したりしたのですが、かなりの人数の方々に来ていただいて、とてもうれしかったです。

動物園というと、やっぱり珍しい動物たちがえさをほおばったり、子育てをしているところを見て嬉しい。かわいい、たのしいが満載の場所です。それはもう疑いようもなく、私とて動物園に行けばやっぱりキリンの大きさにびっくりし、動物たちの豊かな表情に興奮します。
しかしそれだけで本当にいいのか。
園長の大丸秀士さんは、以前に屠畜場の衛生検査員であったこともあって、動物をもっと多面的に展示したい、体験してもらいたいという志をお持ちでした。
安佐動物園でおこなっている試みも、おもしろかったです。ライオンやフクロウにあげる餌である小動物まるごとをこどもたちに見せる。彼らはパックの「お肉」をたべているわけではなく、頭も内臓もついた、小動物まるごとを食べて生きているわけです。

私自身、白状すれば長い長い間、なぜ屠畜の現場にこだわって見続けてきたのか、実は最近まで良くわかっていませんでした。なにかがあると思いながら、その何かがわからない。でも付き添っていたい。すこしでもその場にいたい。これは一体何なのか。好きだという言葉以外で説明できなかった。いや、「いのちをいただく」という言葉は氾濫していますが、そこにしっくり収まりきれない気持ちがあったからこそ、屠畜の現場に通い続けていたわけです。
もちろんはじめはあまりにも知らなかったという驚きですが、その後の継続して見続けることに何の意味があるのか。ようやく答えが見えてきたのは、「世界屠畜紀行」の第二弾を連載させていただいている途中でした。豚を飼って食べたことも大きかったと思います。

見続けていれば沢山の問題が見えてきます。各民族文化での食習慣の違い、家畜に対する考え方の違い、なにより産業革命と前後して大規模化、専業化したときの変化。都市の真ん中で行われていた時期から、見えない場所へと移され、屠畜の現場が消費者にわからなくなっていった経緯。そこでなにが失われていったのか。
沖縄を除く日本では、自分の家で飼い、農耕に使役したのち、もしくは卵をとったり残飯を食べさせて太らせたのち、つぶしてみんなで食べるという習慣が他の地域に比べて極端に少なく制限されてきた歴史が長く、そこに部落差別の問題が関わってきているため、全体を見通すことが難しいのです。

今回の講演でうまくまとめられたのか、まだまだですが、「小さな屠畜」と「大きな屠畜」という言葉を使って、説明させていただきました。
「いのちをいただく」という言葉は、「世界屠畜紀行」でもインタビューの中などで出てきます。いや、良い言葉だとは思うんですが、私がどうにもこの言葉の氾濫にしっくりこなかったのは、屠畜の現場が専業化、大規模化して、一般の消費者が肉にする過程を連想できなくなることと同様に、動物の死を連想させにくい言葉だからこそ受け入れられたのではという疑念からでした。
生は死を避けて語ることはできません。
それはつまり、食は死を避けて語ることはできないということなのです。

動物がかわいい、かわいそうという感情だけが先行していくのは、屠畜を含めて我々が日々の生活の中で「どのように」他の生物の死に依存して、利用して生きてきたのか、実感をともなう理解ができなくなっているからなのだと思います。

シンポジウムで参加された牧慎一郎さん、石丸賢さんのお話もとても面白かったです。石丸さんが中国新聞で連載されていた「猪変」、どこかで本になってたくさんの人に読まれますよう。猪と人間との付き合い方を考えさせられます。また天才的な企画力をお持ちの牧さんから「動物園で謝肉祭を」というご提案をいただきましたが、そんなこともできたら本当に楽しいと思います。それとシンポジウムでも申しましたが家畜と人間との付き合いをもっと展示していただけるとさらに嬉しいです。現在の養豚では飼養途中の豚が一般の人の目に触れることが本当に難しくなっているので。牛はまだ見えるんだけどね……。

私は基本的に書いた文章を読んでもらいたい人間でして、お話してわかってもらう講演という手段が本当のところあまり得意ではありません。すみません。新刊本の宣伝としてやる場合や、トークのように聞き手を立ててもらえる場合はまた別なんですけど。しかし大丸さんのような志の方が企画する講演ならば、馳せ参じます(笑)。大丸さんまたぜひ呼んでください。
http://www.boxos.com/zoo/zoo050402.html
安佐動物公園、楽しい所ですのでぜひたずねてみてください。オオサンショウウオ、でかかったわ……。天然記念物ですから食べちゃいけませんが、食べるところが多そうだった。
こりゃあ食利用された時期があっただろうね。
by riprigandpanic | 2011-11-27 22:28 | どうでもいい日常


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