さてどこにいけばいいのだろう

 宮田部長の「だいたい四国八十八か所」本の雑誌社
なんだかこれは風呂の中で頭をゆったりさせて読まねばならない気がしてしまい、長風呂をさほどしないたちなので読むのもえらく時間がかかってしまいました。

とても良かった。宮田さんの文章がとてもすばらしい。紀行文とは旅とはなにかを、誰でもそこそこ気軽に行ける場所に行って書くことで、より鮮やかに示したような気がします。実はこの本、連載時にちらっと読んでいましたが、なんだかイマイチピンとこなかったの。ごめんね、宮田さん。横組みだからなのか、あれから改稿してるからとか、いろいろあるとは思いますが、やっぱりネット上で読むものではない感じがした。あくまでもあたしのなかの分類なのかもしれませんが。
もともとあたしはネットで長文を読むのが苦手だ。以前もある小説を読みかけて挫折した。ニュース解説とか、論文とか、英文とかはまあ読めるんだけど。

誤解を畏れつつ言えば、ネットで主観が多く入る長文を読んでると、どーもイライラしてくるのだ。で、なにかこう自分の中のネガティブな感情が増幅されてしまい、文章に没入しにくい。困った病気です。ネット連載の方がツィッターとかで話題を呼びやすかったりするんだろうけどね。

それに雑誌がどんどんなくなり、これからもなくなっていく昨今、ウェブに書く場を職業文章家が求めるのは必然の成り行きなわけで、しかたないとも言えますよ。

宮田さんの文章こそ、電子本が主流になっていく時代でも、紙の本で読みたいなあと読み進めながら強く強く思った。イラストも、紙の質感も、表紙装丁デザインもなにもかも、いっしょに味わいたい。
電子本になったらウェブ上で読むよりは縦組みだし画像も目が疲れないようになってるみたいだし、読みやすいんだろうなとは思う。しかしそれでも、テキストデータを送受信して読むわけだから、書体を送り手が選べるわけでもないんだよねえ? えーと良くわかんないままに書いてますけど。送り手は紙のように地色を指定することできないんだよねえ?たぶんそれは電子本の仕様が受け持つもので、読み手が電子本が提示するいくつかの書体とか文字の大きさから選ぶくらいしかできないんだよねえ? 

それはやっぱり味気ないなあ。
いや、味気なくても読みたい本はたぶんある。続きがどんどん気になるようなエンターティンメント系の小説とか。ノンフィクションも大丈夫かなと思う。

でもなんだか宮田さんの文章は、紙で読みたいし、風呂につかりながらゆっくり読みたいなと思ったんでした。扉絵もすばらしい。四国っぽくなくて。これは文庫では味わえませんからぜひともみなさまも単行本で読んでほしいなあと思っております。

あ、中身は四国八十八か所を歩く話です。読んでると行ってみたくならないこともないんですけど、なんかもう宮田さんならどこに行って書いてもいいような気がする。あ、本人がちゃんと「旅」できないとダメなのかな。読んでいる間ずっとあたしは二年前にエエ市を自転車で走り回っていたときの興奮が思い出されてせつなかった。
 なぜいま、あたしはここにいるんだろうか。いま、ここにいる不思議。
エエ市は、旅ではなくて、仮住だったのだけど、宮田さんのいうまさにその旅の醍醐味のような感情に満たされていた。特に越してきたばかりの四月、乗用車がこなくて、ママチャリで地図をたよりに、養豚農家さんを訪ねていけどもいけども田んぼの、菜の花と肥料と豚舎の匂いが混ざり合った匂いの中を走り回っていたときの、くだらない幸福。なにが幸せなのかもはっきりしない幸せ。
だれかに愛されてるとか愛してるとか、認められたとか、お金がたくさん入ったとか、健康だとか、感動する映画を見たとか、おいしいケーキを食べたとか、そういうのとはまるっきり関係ない、だれにもわかってもらえないけど、なにものにも代えがたい幸福。

旅するということ。

「だいたい四国八十八か所」にはそれが詰まっているのです。

だいたい四国八十八ヶ所

宮田 珠己 / 本の雑誌社


by riprigandpanic | 2011-02-20 23:17 | ほんっ


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