明日というか今日、トークです

本日
東京堂書店でトークショーです。
大竹聡さんと「酒が飲める身体がいちばん」

確認するのわすれましたが、あそこの会議室はヒトがたくさん入るので、きっとまだまだ残席があるんじゃないかと思いますので気が向いたらどうぞいらしてくださいませ。あ、確認の電話を入れることをお勧めいたします。

さて
前回の続きを。

津野海太郎さんの「電子本を馬鹿にするなかれ」

電子本をバカにするなかれ 書物史の第三の革命

津野 海太郎 / 国書刊行会




『本とコンピュータ』に寄稿されたりほぼ同時期に書かれた原稿群がまんなかにあり、その前に書き下ろし、その後ろに津野さんがパソコンを手にする以前に書かれた活字崩壊夢想?の文章。『歩く書物』から再録。この構成がすばらしかった。

季刊「本とコンピュータ」に関しては、あたしは編集者でもなくデザイナーでもなく、出版を論じるメインの著者でもなく、ただイラストとすこしの文章(それもほとんどは既成の本にまつわるもの)をのせさせてもらった立場の者なんで、これ以上書くことはないでしょう。というわけで書きます。

精密なイラストをメインの仕事にしていた時期のあたしには一つの悪癖がありまして、イラストを書き上げるまでに時間がかかるあまりに、精神力が持たず、編集室の会議室に行って描かせてもらうということをやってました。本当にやっかいな奴だったと思います。その悪癖をはじめに許してくださったのは社会新報編集部さまですはい。ひとりで閉じこもってると集中できなくなるんですね。ヒトがわさわさしていたほうが集中できる。社会新報の部屋はたしか休憩室みたいなところでタバコはもちろんお茶菓子もがさがさあって、いつも記者の人たちが三人以上いらした。そこで雑談をききながら手を動かしてました。ちゃぶ台で勉強する子どものようだった。すみません。

そういうわけでそのあとお世話になる本とコンピュータ編集室にもライトボックスまで抱えて行きました。描くイラストのあたりをつけて、手書き文字を決めたあたりでとぼとぼと左内坂をのぼってました。ほんとにすみません。で、会議室で描かせてもらってました。たまに室さんや津野さんが作業に使ってらして、同席したりしました。だからどーということはないんですが。そういうのに寛容だったのは、津野さんご自身がヒトがわさわさしたところの方が集中して仕事ができるタイプだからかもしれません。


多少本を読むあたしらの世代には、晶文社というのはそらもうあこがれの版元であり、そこの編集長をしていた津野さん、かっこいいエッセイを書く津野さん、というのは、そりゃあ言うまでもなくあこがれの人です。そんな津野さんに、編集部の人たちが書いた原稿の一字一句ずつを見てもらって、語句の切り方文の運び方などの指南を受けているのを横目にみて、正直言って、ものすごくうらやましかった。本当にうらやましかった。津野さんは教えるのがうまいなーと思って耳をダンボにして聴いた。配偶者には言った。「働きながらあんなすごい文章指南を受けられるなんて、とんでもない贅沢だよ」と。

んーとあたしも大学生のときにすこしだけ当時マガジンハウスにいらした先輩、石関さんに文章をみていただいたことはあります。ですので文章の師といえば石関さんになりますね。ありがとうございます。それ以降はまあ無手勝流です。フリーな野良犬ですから。

あたしが本の仕事がしたいと思ってイラストから始まって関わるようになった九十年代前半は、これから活字文化がダメになるとはいわれながら、ものすごく雑誌が売れていて、漫画も売れていて、言葉は悪いのですが、あえて直裁に書けば、大手総合出版社には、雑誌や漫画からの収益を固い本、文学だの人文書に回すというような、気風とゆとりがあった。企業のPR雑誌も華やかだった。

なんていったらいいのか、「こういうところで書く『ライター』になりたい」と思える余地があった。ありましたね。ありましたよ。あのーあたしは自分が単行本を書く人になるとは当時まるっきり思っていませんでした。なりたいと志向したことすらなかった。今でもなれてるという気はしませんけど。

正直に書くと、経費が潤沢に出るインテリ向きのハイブロウな雑誌でイラストなり短い文章なりルポなりを書かせてもらえるようになったらいいなと思ってました。はははははは。勘違いもしてましたけど、でも、まあそれで十分楽しそうに生活している人たちがたくさんいたような気がします。あながちそう間違ってなかったようにも思う。

あたしの雑誌適応能力や企画能力が著しく低かったということもありますが、それとともに、やっぱりがっくんがっくんと本が売れなくなり、雑誌も売れなくなり、漫画すらもそんなには売れなくなり、企業のPR雑誌にも予算が回らなくなり、もはやライターやイラストレーターという仕事が以前と同じようには職業として成り立たなくなってきているような気がひしひしとするわけです。

津野さんは本の中でなんどもなんどもこんなにいきなり本が売れなくなるとは思わなかった、そして出版業が縮小を余儀なくされるのは確かと書いている。むしろ、前世期末の華やかすぎる出版状況が、歴史的に見ても異常だったのだと。

それはそうなんだろうなと思う。

ただ、一番華やかだったときに読み手になって、業界の下っ端に入ったあたしには、目指してたものが砂になって崩れ去ったような気はします。下っ端でダラダラしすぎたんだけどさ。いつまでもあると思うな砂の城。

我が身に引きつけて考えるのはあまりにも卑近でございますが、引きつけずにはいられません。どうかんがえてもこの世に書き手は多すぎる。それは、この十五年くらいの、出版点数の増加によって引き起こされたと言えるんでしょう。今後版元が業務を縮小すれば、専業の書き手も減らざるを得ないでしょう。イラスト、デザインしかり。出版点数も減るしかない。実質的に編集の手がまわらないからね。今だって一人の編集者が何人の書き手を担当しているか。はーもーこりゃお鉢は回ってこないなと感じることは多々あります。

電子本に関しては、それこそ出すのは簡単になるんでしょうけれど、書き手が専業として成り立つには相当数の読者を持っていないと無理なんじゃないかとも思わされる。日本語はつらいなあ。資料みたいな味気ないものや、それこそ本当に本にならない掌編を読みたいという立場としては、大歓迎なんですが。難しいところです。うれしいけど、自分の生計にはなあと。

と、暗いことばかり考えてしまいましたが、まあそんなこと考えても仕方ないので、がんばるだけがんばって、チャンス半減したとしても、紙にのせてもいいなと思われる文章を、イラストを、かけるようになること。で、どうにもならなくなったら別の何かでお金を得る手段を考えるしかないってこと。それだけのこと。

出版栄華の残り香だけでも嗅げて(文字通りの残り香だがな)、そういう時代に良い本をたくさん作ってきた人たちと出会えて、少しでも仕事ができたことは、やっぱり嬉しいです。大事にしたいし、すごい読み手でもある彼らに読んでもらえたらうれしいし、褒められるような本を書きたいと、切に思うのであります。

最後の章を読んで、本が全て捨てられることになった未来、自分がブックマンになるとして、どの本をすみずみ暗記して暗唱したいだろうかと思う。いろいろ名著も浮かびますが、なんだか結構本気で自分の本を口ずさみたい気持ちがある。あることに気がついて愕然とした。ひいいいい。自分が死ぬときは自分の戯れ言なんて消え失せてくれて構わないんだけどねえ……、なんなのこの気持ち。
だーから出版文化が崩壊するんじゃと先輩方からいわれそうです。
すみませんすみませんすみません。
by riprigandpanic | 2011-01-23 02:04 | ほんっ


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