無謀な人

 えー先週日曜日、読売新聞書評欄にて、一月五日に刊行となった『センセイの書斎』河出文庫 が紹介されました。ダ・ヴィンチ二月号では河出文庫三十周年企画第八回、一月の新刊でコメントを寄せさせていただきました。イラストも載ってます。ありがとうございました。

おかげさまで早々に増刷決まりました!!
買って下さったみなさま、本当にありがとうございます。とても嬉しいですし、ありがたいです。助かります。今年は連載原稿が激減して、書き下ろしをがっつりやらねばいかんのでなおさらでございます。

 さてそして昨日朝日新聞書評欄「著者に会いたい」にて、『身体のいいなり』を紹介していただきました。ご指摘いただいたように振り返ればあたしの人生、「無謀」その一言に尽きるのかもしれません。佐久間さん、本当にありがとうございました。これからも無謀なことしかできないような気がしてまいりました。ちなみにヒマラヤは天辺にはいってませんが、九日間くらいトレッキングして高山病になりました。毎日午前中に千メートル登って、午後に千メートル下る、みたいな取材旅行でした。準備トレーニング一切なし。荷物はシェルパ様を雇って持ってもらいましたが、それでもあたしの虚弱具合を考えると相当無謀だったかと。登山歴、屋久島とヒマラヤしかないし(笑)。でも面白い体験だったな。空気が薄くて光の量が桁違いに違う場所ってのは、行かないと味わうことができません。

 書評紙面の見開き右側に、津野海太郎さんの『電子本をバカにするなかれ』と、萩野正昭さんの『電子書籍奮戦記』が紹介されています。

電子本をバカにするなかれ 書物史の第三の革命

津野 海太郎 / 国書刊行会



電子書籍奮戦記

萩野 正昭 / 新潮社





感無量です。お二人との出会いは、『季刊 本とコンピュータ』という雑誌でした。編集委員でしたか。あたしは創刊号から同じく編集委員だった松田哲夫さんの連載『印刷に恋して』『本に恋して』で取材同行し、活版印刷所や写真植字、グラビア印刷、製本工場などの工場の現場でスケッチしたり写真を撮ったりしながら図解イラストを描きました。この雑誌はスキラ版の二色刷りでして、好きなことやってみてもいいよというか、やれるもんならやってみたらという気風の雑誌でした。アートディレクターは平野甲賀さん。いや、たしかホントに平野さんからやりたいだけ思い切りやれと言われたような気がします。それじゃあやってみようと、トレーシングペーパーにイラストを手書きして、そこに八枚くらいトレペを重ねて網版だの色版だの掛け合わせだのの指定やイラストを描き込んでいったのでした。『センセイの書斎』の何人かのセンセイも、この雑誌で書かせていただきました。お世話になりました。配偶者と出会ったのもこの雑誌でしたし。

 ま、それはそれとして、当時のあたしは手製本を習っていたし、活版印刷で刷られた本なら揺籃期、いやそれより前の手写本などにも興味をもっていて、それが仕事につながるとかつながらないとかそんなことも考えずに羊皮紙の作り方を知りたいとか、まあそんなことばかり考えていたわけです。方向性は過去。パソコンは一応ツールとして使っていたけれど、そこに興奮を覚えることもなく。
 だから、電子本に関しても、懐疑的というよりなによりよくわからなかったんですわ。DTP本が出た九十年代初頭からずっと、インターネットとコンピュータの世界は、なにかを先取りして金儲けしたいか、新しいモノがカッコイイと思い込んでるか、その両方かの、胡散臭いひとしかいないんだろうという偏見をもってました。実際マルチメディアとか言ってる中にカッコイイとか素敵とか少しでも思える人も作品にも出会えなかった。あたしが偏屈で、良く探さなかっただけかもしれないけれど。
 萩野さんも、お会いする前は「そういう人」なのかと思っていた。とんでもない間違いだった。活版印刷の取材現場に、当時まだいまほど高画質ではなく安価でなかったデジタルビデオを持って現れた萩野さんを見て、「この人は古い本に対してものすごい敬意をもってる」と直感したんでした。
津野さんや松田さんたちのような、いわゆる活版全盛時代の、あたしたちの世代からすれば幸福な時代に思い切り志の高い本を鼻血が出るほど作ってきた人たちが活版を愛情深く振り返る視点とはまったく違う! 違うんだけど、活版印刷、いいや、紙の本のすべてに対するすさまじい愛とリスペクトと、「本とは何かを知りたい」というギラギラした熱情を感じたのでした。
年齢的には活版印刷全盛期をもちろんご存知なのだが、萩野さんは当時映画の仕事をしていたから、「あの頃」の本作りの現場に寄り添ってはいない。そういう意味では、あたしと立場はちょっと似ていた。そんなことも手伝って、あたしはとても萩野さんが好きになった。
それともうひとつ、失礼と誤解を恐れずに言えば、萩野さんはどん底の屈辱を何度も味わってきている不遇な人だとも直感したのだ。この業界、不遇にして貧困に直面してる人は山のようにいます。でもなんていうかな、萩野さんの抱えてるそれは、ちょっとただごとではないんじゃないかと思えました。もう何度この人はやさぐれたんだろうと。線路に突っ込みかねない日々がすくなからずあっただろうなと。
でも、萩野さんにはそれを上回る闘志があった。夢なんて生易しいもんじゃない。だいたいね、夢に職業をあげるこの世の風潮があたしは大嫌いです。それは夢ではなく目標とか人生設計っていうんじゃないのか。夢を持つってのは、本来すさまじくおそろしく危険で、だれにも形すら見えないなにかに立ち向かうことですよ。言語化なんてできないものです。そんなものを持ち続けられる人は、そうそういません。ていうかそんなものを誰もがもつ世の中なんて成り立たないんだから、無責任に勧めるなよ。
はじめて会ってからすこしずつ、萩野さんがなにをやろうとしているのか、わからないなりに話を聞いたり原稿を読んだり、ときにはお仕事をいただいたりするにつれて、なんとなく見えてくるにあたり、
文字通り、仰天したし、気が遠くなった。
このお方こそ、無謀です。あたしなんかとはけた違いに無謀です。

彼がなにを夢想したかの詳細は、ぜひ本書を読んでください。当時のあたしはコンピュータのことやネットワークの先端技術もよくしらないから余計に、無理だと思いました。想像ができなかった。2000年前半に出た電子本だって、いくら読みやすくなったとはいえ、本を読むそれだけのために高価な端末をもう一つ買うなんて考えられなかった。かといってパソコンにテキストをダウンロードすれば、机に向かって本を読むしかない。それもすさまじく敷居が高かった。
それでも萩野さんとボイジャーが大勝利をおさめてほしいという気持ちは、ずっと変わらなかった。それは、たぶん、萩野さんがだれよりも紙の本、古い本を愛していながら、電子本を、これまで本という形にして発信したくてもできなかった小さな書き手、読み手に向けて解放しようとしていたから。出版の持ついわば特権的なものを壊そうとしていたから。私自身その特権的なものの底辺の片隅に齧りついて糊口をしのぐ鼠であるにもかかわらず。

気がついたら、『本とコンピュータ』が終刊してから、随分時間が経ってました。

今じゃ一億総スマートフォン時代ですよ。いやまだ買ってないけど。たぶん二年以内には機械音痴のあたしだっていくらなんでもスマートフォンに移行するでしょう。あれだけ嫌だったはずなのに、入院生活があったことも手伝い、携帯電話でミクシィや人のブログを読むのが苦にならなくなってしまった。寝ながら読むには分厚い上製本より携帯電話が便利ですよ。ああ。自分の変化になにより驚きます。ほんとうに。近いうちにT-timeを使って(その存在を知ってから十年も経ってる……すいません……)スマートフォンで電子書籍を読むでしょう。それはもうほんとにあと一歩でそうなるんだなと、この一年くらいでじわじわと実感しはじめました。来る来るって言われて、ずっとずっと無理だろって思ってたのに、その日は、ホントにどうやら、来るみたいです。あたしにすら実感できるくらい近づいてる。

萩野さん。凄すぎます。

萩野さんの闘いはまだまだつづく。

私なりに本とは、読むとはなにかを、さらに真剣に考えつめて生きて行こうと思いました。それが萩野さんへのエールになると信じて。
by riprigandpanic | 2011-01-17 14:40 | お知らせ


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