ヘヴンズストーリー

 自分が癌に罹ったとき、人から「なにかストレスがたまるようなことがあったから癌になったのだ」と言われることがあった。なぜか元気にやってる今となっては「そうかもね」と返せるゆとりもあるのだが、当時は受け入れがたい言葉であった。ま、ささくれていたということもありますが、それだけではありません。癌に罹る原因としてストレスはありますが、ではストレスフルな生活をしている人がかならず癌に罹るかといえばそうではない。ならない人はならない。他の病気だってそう。誰でもいつ罹ってもおかしくないのに、自分が罹ってしまったその本当の理由なんてないんだと思う。究極のところは。

 すべての不幸、災難、災厄に、理由はない。ただ、襲いかかって来る。それだけ。

 どうして自分にと問うたところでどうしようもない。闇を凝視し続けるようなものだ。それに耐えられないからこそ、人は理由を求めるのかなあと思うんであるが、ストレスだろうが生活習慣だろうがなにかのせいにすべておっかぶせるのも一つの手かなとも思うのだけど、当時はなんだかそれがちょっと腹ただしかったのでした。

 
 とはいえ、本当にどこにも理由を探しようのない、なにかに被せようにもおっかぶせようもない、絶倫なる?不幸もこの世にはたくさんある。突然家族を根こそぎ殺されるという災厄に、理由を見つけることはきわめて難しい。祟りくらいしか理由が思い浮かばないくらい唐突にして耐えがたいもの。

 映画「ヘヴンズ・ストーリー」は、家族を殺された者たち、殺してしまった者たちの、群像劇である。4時間38分という、映画としてはかなり長い時間をかけて、振りかかった災厄に苦しみあがく人々を描いていく。殺人者だけでなくほとんどの登場人物がなんというか闇を抱えて常識から逸脱した行動に狩りたてられるように突き進んでいくわけなんであるが、それが奇妙にリアルにして共感すら抱いてしまうのは、それぞれの持つ闇の重みがきちんと描かれていたからなんだと思う。

 退屈する間もなく、観切ることができた。実はコメントを頼まれたのでDVDで観たのだが、やっぱりどうしても大画面で観たくて公開初日にユーロスペースにも行ってしまったのであった。なんだろう、あのどうしようもなくなすすべもない災厄に踏みにじられてる気分と、奇妙に空虚な団地とか、きれいでも汚くもない海辺とか、雪の積もる高地の廃墟などの風景が、じつによく合っていて、たまらない気分になるのだ。あれをもう一度味わいたかった。

 個人的に一番好きなシーンは村上淳と佐藤浩市の雪の廃墟での掛けあいと、山崎ハコが野外劇を観ているところか。

 監督の瀬々敬久さんとの付き合いはとくに長くも深くもないけれど、仕事の関係(ノンフィクション撮られた)で憎まれ口ばかり叩きつけ合ってきた。ていうか意地悪そうにかかかと笑ってる瀬々さんの顔しか思い出せないし。そういうインタビュー手法だったというだけの話だが、思い切りのせられてキイキイ怒って喋らなくてもいいことまで喋らされた。まあ番組は非常に面白くできてたのですごいなと思ったけど。
 そういうイメージしかなかったので、瀬々監督の本領である映画で、正面切ってごまかしなしの、信仰なき時代の救済を正面にすえたラストをみせられて、非常に動転した。ものを創るにはここまで丸裸に出しきらならにゃあかんのかと、猛省されせられました。
 
 凄い作品です。是非、映画館で観ることを謹んでお薦めします。はい。
 4時間半は決して長くありません。


http://heavens-story.com/
by riprigandpanic | 2010-10-09 06:09 | ほんっ


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