あー三年ぶりくらいに肩が凝る

 リック・オバリーと対談をした場所が、以前お世話になった某テレビ番組の編集をしてるところととても近かったため、訪ねる。ちょうどゼゼさんが編集作業をしていたのであった。ゼゼさんは相変わらず変なアロハを着ていた。対談後のつかれをいやすためにビールをざざっと飲んで昼から酔っ払っていたので、編集している番組に「なんでもっとつっこまないのよう、甘いわよう」などと嫌な感じにけちをつけて憂さを晴らす。すんませんねえ、ずいぶん久しぶりに御会いしたというのにご挨拶もなくクダまいて。もちろんその分散々からかわれましたけどね。ふん。くそおやじめ。
 その後なにかが起きたらしいことを風のうわさにきく。ゼゼさんのことだから絶対相手を怒らせたんだと思うんだけど。どうなったんだろうなあ。オンエアの日が楽しみだ。きひひひひ。

 対談は通訳をはさむのでうまいこといかないであろうことはわかっていたのだが、やっぱり満足いくものにはならなかった。難しいです。てかあーしにはディベートの才能もギャグの才能もありゃしませんねえ。頭の回転が遅くて参ります。あーもうどうやって生きていったらいいのかねえ。首でもつるか。

 コンゴ・リバーのトークはなんだか申し訳ない感じですいませんでした。絶対見に来ていらっしゃてる方たちの方がアフリカに詳しい人たちだったと思います……。
 しかしたまたま「THE COVE」と「コンゴ・リバー」を見比べるように見てしまったため、いろいろ考えてしまいました。いやまあ作り方の差もあるんですけど、それよりなによりどちらに肩入れをするのかというしょうもないことを考えてしまうのでした。
 自然環境ですとか動物ですとかそういったものの保護活動って、やっぱりある意味成果を出すのが簡単なんだよなあ。危機的状況にあって、みんなで手を貸して、お金出しあえば、それなりに、解決はたいへんかもしれないけれど、よっぽど間違わなければ、(対象とする自然や動物にとっては)マイナスにはならない。木とか植えるのも簡単ではないけど、簡単です。
しかし人間、民族紛争、貧困、はそうではないのです。アフガンにしろコンゴにしろルワンダにしろソマリアにしろ、下手に手を貸したところで、マイナスになりかねない。好意を台無しにするようなことが平然と起きる。よけいによじれる。ひどい裏切りを目の当たりにせねばならない。そもそも好意自体が気に食わないというか失礼だったか、やり方間違えてるか、なにか押し付けちゃってるか、と頭を抱える。手を貸す方もすさまじく傷つきますわね。だからといって放っておいていいというわけでもなく。

 もし鯨やイルカがもっと人間に対して攻撃的で、くそ意地の悪い、カラスみたいな動物だったら、西洋人をはじめとする活動家たちはここまで保護活動に熱心になったんでしょうかねえ。どうもそこが気に食わないつうか気持ち悪い。
 たぶんあーしが飼っていた犬も豚も、かわいくはあったけれどもあーしとあまり友好的ではなく、どっちかというと酷く傍若無人な輩でありまして(豚なのにあーしにマウンティングするんすよ)、それがまたひねくれもののあーしにはたまんなくおもしろかったんで、ただかわいいと動物を愛するという行為にどうも肩入れできないのでした。それぞれの動物と交わす情もまたひどく個人的なものにすぎないと思うし。
ま、是非の問題とは別のこととして読んでください。そして全般に傍若無人ながら多くの人から無条件に愛されてしまう猫ってのもいますからね。あれも本当によくわからん。
動物への愛なんてすべてエゴにすぎないと思うんだけどねえ。

そのあと大阪に行って牛の屠畜を見せていただく。とても楽しかった。そこは隣が保育園で、待機してる牛を塀越しに園児たちが見て喜ぶという、とても素敵な光景を見ることができました。しかし交雑はでかいね。そして今回まじまじと生前の牛を見ましたが、豚とは表情の出し方が違っておもしろかったわ。はじめて牛って可愛いなあと思いました。睫毛長いし。ええそしてその7分後にはどうと倒れてましたけど。
ありがとうございました。


どうも体調が悪い。アジャストされて足首をねんざして以来、定期的にヨガに行かなくなったため。すっかり未病状態に。胃も定期的に壊れるように。そして背中の肩甲骨の間がなにをやっても重い。もはや先生を選んでるばあいではない。東京西側まで通うのもかったるいしな。以前行ってたところに行くしかない。アジャストは断ろう。いいアジャストうけるとすっげ気持ちいいんだけどなあ。うううう。
by riprigandpanic | 2010-06-23 20:49 | どうでもいい日常


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