豚顔に悪い奴はいない(たぶん)

 えだのくん(あーしが使用している愛称ですから)の燕尾服姿をもう一度見たいのよう、とのたうちまわる四十三歳。終わってますねいろいろと。

 えー十代のころからずっと変わらず自分の将来と言えばホームレス、でした。結婚するところも母となる姿も壮年中年おばはんになる姿すら思う浮かばず、世間からつまはじかれ、老いて紙袋を提げて駅前に凍えて転がる自分の姿、その一点しか思い浮かべることができませんでした。実家は兄のものなので、歳とって行くとこなくなったら廊下でいいから置いてくれないかと真剣に頼んだ二十代。どうしようもないです。そんな想像しかできないのに数十年も生き続けなきゃならんのはあまりにも辛いと思っていたころに坂東眞砂子さんの『山妣』を読んであー山に入ればいいんだなと思いなおして現在に至る。山に入るつもりですよ今も。配偶者がいなかったときから今もまったく変わりません。家族ができようがなんだろうが、みとってくれる人のいない老後しか浮かびません。ろくなもんじゃないでしょうよ。で、とっとと死んだ方がましと思いつつも、飲んだくれたり美味いもん食べたりしながらいまだジタバタ足掻いているわけですが。
 そんなあーしに深くつき刺さったこの本。上野千鶴子の『ひとりの午後に』NHK出版

ひとりの午後に

上野 千鶴子 / 日本放送出版協会



著者はいわずと知れたフェミニストの代名詞でもあるような社会学者です。しかしこんなすばらしく孤高なエッセイを書く方なのだとは思いもよらなかったのでした。いや、正直に言えば『センセイの書斎』で書庫の取材をさせていただいたときに、ほんの一言二言の言葉の端から彼女の学者以外の部分になにかとても掻き立てられるものを感じたのですが、もちろんそのときにはなにも伺えず。きっとこの本の編集者も何かを感じて依頼されたのだろうなあ。感謝しますよまったく。

 少女時代、家族との葛藤、そしてひとりの今、すいません、上野さんが知ったら気持ち悪がられるくらい、どこをとってもすさまじく共振してしまいました。浅川マキもグレングールドも井上陽水も好きだということもありまして。
「悪い人生だったとは思わないが、にんげんをやるのは一回でたくさんだ」「あなたがいるからって、老いたお母さんの孤独が癒されると本気でそう思ってる?」
 生きてりゃだれだって苦くてショッパイしょうもない人間模様を嫌と言うほど見せつけられて、裏切られて、はらわた煮えくりかえる想いを抱えて醜く足掻く一方で、静かに少しずつ諦めていくもんなんでしょう。苦みを感じさせない人の言葉をあーしは素直に受け取ることができない。
 えーとあまりにも良かったんでまともな紹介文になりませんねこりゃ。むさぼるように読んでいて、自分のこと(『センセイの書斎』で取材されたときのこと)がでてきたときには心底びっくりして不覚にも涙がこぼれてしまいました。あーしが掻き立てられたその瞬間を、上野さんは感じ取ってくださったのだなと思えて。


勘違いでしょうけど、そう思わせといてください。
by riprigandpanic | 2010-06-05 04:17 | ほんっ


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