余生

しおれてる友人がいて(いやあーしもじゅうぶんへろへろのしおしおなんだが)

過日のあつまりで
話を聞いていてどうかんがえてもかやつの悩んでいる所にかんしては
あーしのほうが誰が見てもシャレにならない所に居るじゃん。
てことを言っても
しおれてる友人は「なんでそんなに元気なの」と言わんばかりの目をむけてくるので

えー元気じゃないけどさ、いまのあーしは余生を生きてるだけだもん
とこたえたら
となりにいたこれまた余生に縁のなさそうな熱血働き者のあのひとが
じつはぼくもそうなんですと
いいだして、
このとなりのあのひととあーしの余生感覚を得るまでの過程はまったく違うものの
結構似たような余生観をもっていることがわかり
余生と一口に言ってもちがうものかとおもったら、余生なるもの案外共通するものだと
おどろいた。

先日そのしおれてる友人にメールをだしたらば
あのひともあーしもなぜ
余生を生きているのにそんなにガリガリ仕事をしているのでしょうかというメールが来た。

しかしそれが余生なのである。
余生だからといってらりらりと南国のパパイヤを齧り眠りたいかというとそうではないのである。
本生とそれほど変わらない暮らしでも構わないのである。
なのに奥歯の一つにぽかりと穴があいてすこんと頭頂にぬけたように
なにをなしてもまるで他人事というか半分離脱したのが上から見ているような
どうでもいいような気分はあるのでやはり余生かと。

そして今日もまた目隠ししたまま走りまわる。
余生ある限り
by riprigandpanic | 2010-01-26 19:56 | どうでもいい日常


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