なんとか

歯痛はなんとか収まりました。
噛み合わせで当たる部分を薄く削ってショックを和らげたようです。
心配してくださったみなさまありがとうございます。

虫歯を放置していたのかと思ったので虫歯の疑いは晴れて良かった。


光文社PR雑誌「本が好き」で
二十二世紀に持って行きたい本、だったかな、の、アンケート原稿を書かせていただきました。ありがとうございました。

それからほそぼそ続けていた
書評のメルマガ の連載は、今回で終了です。これまでありがとうございました。
じつは読み終わっていなかったんですが、トム・ルッツの『働かない』で書かせていただきました。どしてもどこかで書きたかったから。メルマガだと思ってだらーっと書きましたよ。しかも
時間ギリギリだったんで、誤字脱字多かったんで、少し直してこちらにも載せます。訳者や関係者の方には全部読んでない上に誤字もある書評で申し訳なく。すみません。



働かない―「怠けもの」と呼ばれた人たち

トム ルッツ / 青土社




もっと知りたい異文化の本  内澤旬子
(41・最終回)怠惰を貫く
---------------------------------------------------------------------
『働かない 「怠けもの」と呼ばれた人たち』
トム・ルッツ 小沢英実、篠儀直子訳 青土社

 書評のメルマガ、とうとう最終回となりました。いままでありがとうございました。これからは自分のブログの方でちょこちょこと本の感想などを書いていきたいと思いますので、たまに覗いてみてくださいませ。

そして最後に紹介しようとおもっていた本が、読み終わりません。実は半年以上前から読んでいるのですがもう1ページ読むたびにうわあああああ、わかる、わかるよおおおと深く頷いてしまって、いろいろ思いを馳せてしまうので、なかなか進まないのです。しかし私はここ半年この本とともに生きていたと言っても過言ではないのです。というわけで、第四章までの途中読みで恐縮ですが、ご紹介します。

私はイラストを描いたり文章を書く仕事をしてるんで、長年まわりの人から「すきなことを仕事にした人」として見られ続けてきてます。しかしいくら絵を描くのが好きだからとて、なにを書いても楽しいのかといえば、そりゃそうじゃないでしょう?  文章だって同じ。とくに好きでもないそば屋についてほめたたえなきゃならない文を書くのに心の底から楽しくて仕方ながない人は、そんなにはいないと思います。ただ、他の仕事をするよりは文字をポチポチ打つ方が向いてるからとか、苦にならないからとか、ちょっとは楽しいからとか、そんなところが正直なところなんだと思います。

長年どちらかといえばそのような仕事(自分にとっては)をこなしている時間がほとんどでありましたので、仕事をするのが嫌で嫌でたまりませんで、締め切りギリギリになっていました。自分はなんてわがままな人間なのだろう、営業経理をやっていたころに比べれば天国みたいな仕事なのに、なぜこんなに仕事が嫌なのだろうか。いやいや、本当に自分が書きたいこと描きたいことをやれば、きっと楽しくて仕方なくなるに違いない。ずっとそう思い続けてきたのです。

ところが最近ありがたいことにかきたいことをかかせていただけるチャンスをようやくいただけるようになったのですが、それでも締切ギリギリにならないと書けないんですよこれが。

なぜだー。

一体なにをしたら面白くてたまらなくて、夢中で書いて、締切よりもずっと早くあがっちゃった☆来月の分も入れちゃうね☆という境地にいけるのか(あああ今何人かの編集者様の口からエクトムラズムがもはああああっと彼岸へと旅立ってゆく所が見えますよ。くっきりと。おっかしーなー、あーし霊視能力ないはずなのに……)

それと同時にもう一点、ようやく自分がかきたい(平仮名のときは書く描くの両方ね)ことをかいて、それだけで思いっきりカツカツに節約すれば暮らしていけるくらいはお金をいただけているのにも
かかわらず、さらに、これまでの仕事がなかなかできないとうだっていたにもかかわらず、

ちょっと気が向かない仕事でも、よっぽどのことがない限り断ることができないんですよ、これが。

なぜだあああああー。

まあ長年生活不安と隣り合わせだったからですけどね。いったい自分は働くのが好きなのか嫌いなのか。どこまでいけば「ジョブ」じゃなく「ワーク」になるのか。嫌だ嫌だといいながら、実はガツガツ働いていたいのではないか。

またそんだけわあわあと働きながらも、これだけの量の仕事をこなしつづけないと満足のいく収入が得られないことに、どこかで絶望もしている。こんなことはそう長くは続かないだろうとも思っている。

さらにやっかいなことにです。じつは、働かないひとを見ると、ちょっとイラッとしてしまう。自分の気に染まないことをやるくらいなら働かない、気に染むものであっても大変だったら働きたくない、という気持ちはだれよりも痛いくらいわかるし、むしろ自分だってそう思っているのに、実際にその信念を貫き通して働かない人を見ると、羨ましいを通り越して、やっぱりちよっとイラッとしてしまう。すんません。ああ。なぜなんだろう。器むちゃくちゃ小さいぞ、自分。

そんなどうしようもないわがままなことで、日々心のヒダヒダを無駄遣いしているのは、きっと自分だけだろうと、ずっと思っていました。

 同じことを考え患っているひとがいました、ここに。というわけでようやく本の内容です。すみません、前段が長くて。しかし自由に書いていいのがこの書評のメルマガのいいところでありました。最後のわがままです。お許しください。

著者トム・ルッツは、徴兵を逃れて大学に入る前に十年間もヒッピー生活をしたのちに、大学に行き、研究者となり脚本なども書いている。好きなことを好きなようにやる優雅な暮らしにあこがれながら、大学の瑣末な事務に追われ、雑誌記事や新作映画のチェックも欠かさず、学内政治もこなしながら、一般マスコミ向けの本も書く、忙しいが口癖で短い睡眠時間がご自慢のクールな文化人というわけですね。ははは(無表情)。

ある日別れた妻のもとにいた息子と同居することになる。大学進学の前に一、二年の休みをとってなにか好きなことにチャレンジしてみたいという息子。ところが息子は彼の家に来たとたん、誰に逢いに行くわけでもなく、一日中カウチに寝転がってテレビ三昧。著者はだんだんイライラしてくる。俺がヒッピーだったころは、たしかに仕事はしなかったけれど、毎日あんなことやこんなことも(主に大麻ね。フリーセックスについては論及をお避けになってますが以下略)していたのに。苛立ちの中で、彼は自分自身と仕事との歪んだ結びつきにはじめて目を向ける。働くことの切なさ、働かないことの難しさを。そうして人類と労働との切ない関係を振り返り、検証していく。

たとえば労働時間。雨が降ったら休み続け、収穫期や種まき期には何日間も休みなくぶっ続けで働く、というような暮らしをしていた農夫たちが、農業革命、産業革命によって、都市にでてきたとき、毎日決まった時間に始業して八時間ずっと働いて定時に仕事を終える、というやり方になかなか順応しかったという。十九世紀のアメリカの工場労働者たちの実態には衝撃を受けた。全従業員が酔っている、無断で狩りに出かける、全員一致で仕事をやめてビーチに行ってしまった……。労働時間中に平均十回はウィスキーを飲みに出かける。工場主がやめさせようとするとストライキで対抗。

ええ?? 労働者って、労働組合運動が発展するまで、子どもの時から毎日休みなく朝から晩まで働かされていたんじゃないんだ?? うわああああ。シンクレアのイメージが強いからなあー。

さらに。あの『資本論』を書いたカール・マルクス。彼は八時に起床し、新聞を読み、翌朝の二時か三時まで、ときには徹夜で仕事をした。仕事を中断するのは食事と散歩のときだけ。それが死ぬまで続いたそうだ。本人主張するところの生産性の倫理に文字通り身を投じた人間だ。

 マルクスはどうでもいいのです。問題はその娘婿のラファルグ。医学生であったけれど、医者になれなかったクレオール男。彼はマルクスの秘書を務めた。マルクスの死後、なにを考えたのか発表したのが四十ページのパンフレット『怠ける権利』。その中で一日三時間を超える労働を法律で禁止することを提案している。彼は労働の倫理的な価値を信じることで、自分たちの首を絞めるような抑圧に加担してはならないと労働者たちに訴える。それで余った時間になにをしろというのかといえば、楽しく怠惰でいろと。それを大真面目に説いたらしいです。彼の最期がまた素敵なのですが、それは是非読んでいただきたく。マルクスの娘婿がこんなに変な人だったとは!!

こんな具合で登場する作家も思想家も労働者たちも、みんな怠惰です。ちゃんと怠惰であろうとするあまり筆を折っちゃう書き手なんかももちろん登場します。

今までそれほど興味もなかったんですが、ソローもホーソーンもマーク・トウェインもメルヴィルも、怠惰を貫くというバイヤスをもってみると読んでみたくなる不思議。

ああ、今抱えている仕事を全部仕上げたら怠惰になろう!!
と心に決めてんですが、著者自身がこれだけ怠惰に魅せられているにもかかわらず、資料を駆使した五百ページ弱の大著を書いてんだからして、なあ……(溜息)。とりあえずこの本は、追われることなく、気ままにいつでも読める場所に置いて、怠惰に読もうと思ってます。


それくらい怠惰でもいいでしょ?
by riprigandpanic | 2009-12-19 15:48 | お知らせ


<< この年末は はががが >>