秀ちゃんです

c0190053_20285011.jpg



今年の春、千葉に引っ越したばかりのころ、坂東眞砂子さんのにインタビューさせていただきました。
高知のご自宅は山の中にあって、とても静かで、インタビューというよりは、なんだか人生相談のようなよくわかんないことになってしまったのです。

テーマはもちろん飼育動物を殺すことについてですが、なにしろあーしは『山姥』を読んで以来、将来なりたい職業は山姥、と履歴書に書くくらい(それはさすがに嘘)二十代後半からずっと山姥フリークですから、お会いできるだけでもうれしかったんです。
が、子猫殺しの騒動以来、もっと切実にお話を伺いたい方になってしまった。
あーしのようなどこの足りない野良かしれないような者に、坂東さんは本当に親切にお話しして下さったのでした。本当にありがとうございました。


で、先日の豚を食べる会の時にいらした編集者から
豚肉を楽しみに待っているという旨を伺い、わあ、それなら遠慮なく送らせていただきましょうと、秀ちゃんの肉をお送りしたのでした。

いやー人に生肉を送るのって結構勇気要りますよ。前にお会いした時に送りますねと言っておいても、なかなか難しい。量もあるし。事前連絡がつかなかった人には送れませんでした。これが野菜ならばもうすこし気軽に送れるのだが。いろんな意味で肉ってすごいわ。


それはそうと、坂東さんは肉の一部をベーコンにして送ってきてくださったのでした。もう一か月も前のことなんですけどね……。すいません、なかなか写真が出てこなくて、書き遅れました!!

c0190053_2001169.jpg


おいしかった……。きちんとした箱に入れてくださって、感激しました。
祝福してくださって、本当にありがとうございました。


それだけでなくあーしの心情までお気づかいいただいて、メールも下さいました。

>後遺症があるのではないかと、懸念していました。人は、獣に心を預けることで、獣は人の中で別物となってしまいます。

>旬子さんの味わっているのは、むしろ儀礼としての食人、かつての人が、英雄とか、身内の者たちの魂を体>内に取り込むために死体の肉を食べた、という意味での儀式に近いのではと思っています。

本当に本当に言葉もありません。

そうだとも言えるし、違うとも言えるのです。家畜とペットの境界は、自分で予測したとおりとも言えるのですが、ずっとあいまいでいい加減で、往還可能な、しかし混迷を極めるともいえる、ものです。

あれからいまだにうまく言葉にできず、泣いた翌日には笑い話にし、
なんだかんだと肉を食べている日々であります。
人に理解されるべく形にせねばならないのですが、何をどう書いてもだれの共感も得られないのではと思うと、矢も楯もたまらず、もう一度高知まで行って坂東さんにお会いしたいと思ったりもするのでした。

ええ、大人ですから思うだけですけど。

坂東さん、本当にありがとうございました。またお会いしてお話したいです。

そしてすいません、三島さん、インタビュー原稿、ちゃんと形にします……。
by riprigandpanic | 2009-11-15 20:00 | 三匹の豚とあたし


<< またまた 事務所が >>