鉄のこども

千駄木のある道は、電柱がない。車が徐行するように、わざと蛇行状に敷設されてる。歩道が半端に広くて自転車はどこを走ったらいいのかよくわからない。
道沿いはみんな民間警備保障にはいってるような邸宅だ。屋敷というほどではないにせよ。

で、道の微妙な蛇行のために、ポールがたくさん立ってんです。ガードレールでなくて、焦げ茶色のポールがぽちぽちと。

さっきその例の道をすてすて歩いてたらば、前方三メートル先に立つ子どもがこちらを確認してから、両手をポールにかけてぐい、ぐにゃりとポールを曲げて、またこっちを向いてにやりと笑ったのです。

一瞬少年マンガのようなサイキックな展開が頭をよぎったけれど、大人としてどうかと思い、知らないフリをして子どもの脇を通り過ぎ、二十歩くらい歩いて振り返り、大人の威厳をもって、子どもがもう消えたのを確認し、手近なポールにぐっと手をかけたのでした。鋼鉄製ではありませんでした。なんだか不思議な素材で、ぐらぐらするのを確認したのでした。

大人らしく、夜だれもいないときにしっかりぐにゃりと曲げてみようと思います。






それにしても
祈ったり誓ったり宣言したりするのが好きな人たちであることよ。
宣言のいい所、それは言い放ったからにはもう後に引けなくなるというただそれだけなのにと思うアタシはほんとにまごうことなくアメリカ的なる精神には馴染めない。ああ、八年間でうちの棟梁が犯した過ちのせいで死んだ人とか死にかかってるひととか家のない人とか仕事を失ったひとのことを考えると、ひっそりはじめたいと思いますなんてことには絶対ならん。どっちがいいのかというもんでもないし、ばーんといくことも大事なんだろう。

バーン。

バーンといえば、そうそう、殺されなくて本当に本当に良かった。それだけは心の底から思ってますよ。いくら心の隅々まで黒くてしょっぱいあたしでも。
by riprigandpanic | 2009-01-21 15:06 | どうでもいい日常


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